第12話 着飾る契約なるものを生み出す
「きみたちの名前聞いてもいいかな?」
セシリアは自分の手を握る2人をそれぞれ見て尋ねると、男の子は目を逸らし女の子は微笑み返してくれる。
「ソーヤ」
ソーヤと名乗った女の子はセシリアに歯を見せ笑うと、自分の反対側にいる男の子をじっと見つめる。男の子はその視線に観念したのか口を小さく開く。
「ヒック」
名乗ってすぐに顔を逸らすヒックの姿が村にいる弟と重なり、セシリアは思わず笑みをこぼしてしまいながら2人の握っていた手をきゅっと強めに握る。
「ヒックにソーヤだね。改めてよろしく。じゃあ早速だけど……」
そう言ってセシリアはヒックとソーヤの格好を見る。改めて見ると靴は履いておらず、服はボロボロで顔や手足も汚れている。
お世辞にも綺麗とは言えない姿に、このまま食堂に連れて行っても追い返されるかもしれないとの不安がふと過る。
水浴びをさせて身を綺麗にさせたいところだが、そもそも服がボロボロで身を綺麗にしたところで解決しないのは考えるまでもなく答えが出た。
ソーヤの手を握る左手で腰に巻いてあるポシェットに触れ、中にある金貨の使い道を決める。
「ご飯を食べる前に2人とも洋服を着替えない?」
突然の提案に目を丸くする2人を半ば強引に引っ張って町の中心へと向かっていく。
「多分ここでいいはず。おに……お姉ちゃんもあんまりこの町のこと詳しくないから合ってると思うけど。ヘ・ン・ゼ・ル・ト……か」
セシリアが店が並ぶ商店街の中である建物の前で立ち止まり、上にぶら下がっている洋服の絵が描いてある看板を不安げに見上げるとヒックとソーヤも一緒に不安気な表情で見上げる。
視線を戻し店を見ると、ショーウインドウの中に飾られているマネキンが着ている服の中に子供用と思われるものが見えた。
「かわいい……」
小さなマネキンが着ている服を見たソーヤがすごく小さな声で呟く。
丁度そのとき、カランカランとベルの音を響かせながら洋服屋の扉が開くと一人の女性が出てくる。
「あのっ」
出て来た女性と目が合ったと同時にセシリアは反射的に声を掛けてしまう。
外に人がいるとは思っていなかったのか一瞬驚いた表情を見せた女性はセシリアを見て笑顔を見せかけるが、続いて両隣にいるヒックとソーヤの姿を見て顔を曇らせてしまう。
「えっと、突然すいません。この子たちに洋服を……」
「ごめんなさいね。うちにはその子たちに合う服は置いてないわ」
顔を逸らし背を向けると店の中へ戻ろうとする女性が見せる背中、それとヒックとソーヤの引きつった顔を見たセシリアは気が付けば女性の手を握っていた。
「お金ならちゃんと払います」
そうじゃないと言わんばかりにふぅっと大きなため息をつく女性が口を開く前にセシリアが先に言葉を繋げる。
「あなたの言いたいことは分かります。この子たちのことが気になるんですよね?」
眉間にしわを寄せあからさまに不快な表情をする女性に、たじろぎ後ろに下がってしまいそうになるが両隣にいる子たちの存在を感じ、あえて一歩前に出る。
言葉には出さないが女性は、自分の売った服を貧困層の幼い兄妹が着ることが自身ののブランドを傷つけることになるのではないかと恐れているわけである。
ならばその恐れは
「わ、私の名前はセシリア・ミルワード、昨日冒険者になった者です。そ、そしてシュトラウス襲来の撃退の活躍を認められブロンズの称号を与えられた者でもあります。ゆえにその経緯から注目されている人間です」
そう言ってポシェットに付けてある冒険者の証であるブロンズのバッジを見せる。女性は視線をバッジに移すと少しだけ目を開き瞳には驚きの光が生まれ揺らぐ。
ブロンズの冒険者自体珍しいのだが、それ以上に昨日冒険者になった少女がいきなりブロンズスタートと言う話が本当ならば、という驚きの方が強いのかもしれない。
「私があなたから服を買います」
「それにどんな意味があるの?」
「あります。私があなたの服を宣伝します!」
じっと見つめ合うセシリアと女性。
「お店の奥にあるあの服。あれを私に売ってくれませんか?」
そう言ってセシリアが指さしたのはショーウインドウには飾っていないマネキンが着ていた服。白い襟が映える藍色のふんわりとしたスカートのドレス調のワンピース。
「あれを?」
女性の声が少し和らいだのを感じたセシリアは大きく頷き女性の目をじっと見つめる。
「ついてきて」
店内へと入る女性に続いて入ったセシリアにマネキンにかけてあったワンピースが手渡される。
間近で見るとより一層綺麗な藍色が目に入り、柔らかくしっとりした服の肌触りが指を通して伝わってくる。
「なんでこれなの?」
「えっ、そのー」
たまたま目に入ったから指差しただけなのだが、そんなことを言えるような雰囲気でないことを感じとったセシリアは、頭の中でぐるぐると正解の言葉を導きだそうとする。
ただ考えたところで日頃服に興味もなく、着れればいいぐらいの人間に正解に近い答えが出せる訳もない。
だが人間追い込まれ、頭をフル回転させこのピンチを乗り越えようとすれば、走馬灯とまではいかないが過去の経験からふと思い出されたシーンが答えを導いてくれるものである。
「この服を着てる姿を見てもらいたいと思ったからです」
村で過ごしていたとき、母親がセシリアに言った「大事なときほど相手の気持ちになって考えなさい」の言葉。服を売る女性と服自身の気持ちになって考え導き出した言葉を放った後は結果を待つだけと、口をきゅっと閉め女性を見つめる。
「この服着てみて。あっちに試着室あるから」
セシリアと見つめ合っていた女性はゆっくり目を閉じた後、一拍置いて静かに開いた目を向け店の奥を指さす。
セシリアは黙って頷き指さした方へと向かうと、カーテンのある小さな部屋に入り手に掛けていた藍色のワンピースを広げ大きなため息をつく。
「はあぁ~勢いで言っちゃったけどこれ着なきゃいけないのか……あぁもう仕方ない! 自分で着るって言ったんだしとにかく着るしかない」
ショーウィンドウに飾ってある服を見てソーヤが言った「可愛い」の言葉の意味。あの服を着てみたいと言う願望。
小さな女の子の小さな願いを叶えてあげたいという自分の気持ちを奮い立たせ、意を決してワンピースに袖を通す。
室内に姿鏡があったが自分の姿を見たくなかったので、鏡と目を合わせないよう急いで出入り口のカーテンを開けて顔を出すと女性と目が合う。
「着替え終わった? どぅ……!?」
ソロっと出て来たセシリアに声を掛けた女性だが、セシリアを見るなり目を見開き、途中で言葉を失った口を開けっぱしにして呆けてしまう。
「ちょっとまって、なにこれ、あなた……いや想像以上……うん、これなら」
驚いた表情を歓喜の表情に変えつつ近付き、セシリアの肩を揺らしながら女性は、セシリアの上から下までを何度も見ながら頷く。
その勢いに押され揺さぶられるセシリアは、女性の肩越しにじっと自分を見るヒックとソーヤと目が合う。
「お姉ちゃん、きれい」
「綺麗?」
感激の声色と頬を桜色に染めたソーヤの言葉をセシリアが眉をひそめ聞き返す。
それに反応したのは女性の方で、大きくセシリアを揺さぶるとぐっと顔を近づけてくる。
「ええ、あなたは綺麗よ! 初めて見たときからすごく可愛い子だとは思っていたけど、ここまでこの服と合うなんて思わなかった。
さっきのあなたが私の服を宣伝してくれるって話、今後も私の服をあなたが独占的に宣伝させてもらえると言うなら乗るわ!」
「こ、今後も? えっと……」
肩をグッと掴み鼻息荒く頷く女性の圧に押され気味にたじろぐセシリアだが、ヒックとソーヤに服を買うまでもう少しだと手応えを感じ、頷くと目を真っ直ぐ女性へ向ける。
「分かりました。あなたの服がとても素敵で良いものだと宣伝させてもらいます」
「契約成立ね! 私の名前はエノア・ヘンゼルト。このお店『ヘンゼルト』はまだ無名だけども絶対に繁盛させてみせるの! セシリア、あなたにも協力してもらうからね!」
エノアがセシリアに見せた笑みは希望と野心の溢れた力強いもの。固定客を付ける、もしくは王族や貴族関係者の御用達になっていないと生き残れない仕立て屋業界で新規参入するのはとても困難なことである。
若くして独立を目指したエノアとセシリアの出会いは、冒険者が自ら服を着て宣伝すると言う新たなビジネススタイルを生み出すことになる。
ただ、男が多い冒険者業界においてはセシリア限定のビジネススタイルとなっていくわけだが……。