第112話 聖女を支える人たち
遠目から見てもその高さがとてつもないものであると感じさせるほどに高くそびえ立つ城壁が町全体を囲んでいるファディクト王国の王都、ファディクト。
海岸に近くにある王都の向こうにはある島には大きな塔が見え、波の荒い海面と尖った岩がむき出しになった島も相成って塔は不気味な気配を漂わせる。
「かつて人と魔族が争った際、サトゥルノ大陸の北へと魔族を追いやるため激闘が繰り広げられた国。高い城壁は魔族から人を守るためのものであり島にある監獄は捕らえた魔族を閉じ込め封印するために使っていたと記録されています」
「脱出不可能な迷宮の牢獄でしたっけ」
「ええ、魔族の力は強大です。捕らえたはいいですが牢に入れただけでは不安で監獄内を迷路にしたと言う話です」
「なんだか悲しい話ですね」
小高い丘の上からまだ遠くにある城壁を背景にモールドと言葉を交わすセシリアは視線を下に落とす。
「悲しいですか」
「ええ、今の平和なサトゥルノ大陸があるのは魔族を追いやった歴史あってこそ。そこに至るまでは互いに血を流し合ったのだと考えると上手く言葉にできませんが、それを表現するとすれば悲しいかなと」
そう言ってセシリアはファディクトの城壁を見つめる。
「セシリア様はお優しいですね。魔族のことも含めて昔をそして今を見れられる目をお持ちで」
「そんな大層なものではないですよ。ただ私は知らないことが多いなって旅してみて思ったんです」
「歴史はどうしても今を生きる者からの視点になってしまいます。もう一方の視点を見ようとする気持ちをお持ちなのはセシリア様が優しいからに他ならないと私は思います」
モールドの言葉を聞いて黙ったままセシリアは城壁を見つめる。
「魔王にも大義があるのでしょう。対峙し話し合いで解決できればそれに越したことはありません。ですが国を支配し人を虐げるのであれば討たねばなりません。聖剣を持ち魔族に対抗できるのが私しかない以上それが定めなのだと」
「結局は自分が信じ守りたいものをもののために誰もが戦うのです。セシリア様が信じるもののために戦えばよいと思います。定めに縛られ過ぎず全てに優しく接するのもまたセシリア様の戦い方なのではないでしょうか」
モールドを見てセシリアは微笑む。
「色々相談に乗ってもらってありがとうございます。おかげで大分気持ちが楽になりました」
「いいえ、私なぞでお役に立てるのでしたらこれほど嬉しいことはありません」
そう言って深と頭を下げるモールドにセシリアは会釈して返しつつ手に持つ聖剣シャルルと足もとにいるグランツと影に潜むアトラを見る。
「人も魔族も分かり合えると思うんだけどな。まあ、その前に人同士が争ってたら説得力ないか」
小さな声で呟き大きくため息をついたセシリアは顔を上げると、垂れていた髪を耳にかけつつ今一度ファディクトの高い城壁を見つめる。
「フェルナンドさんやグンナーさんを助けるためにまずはユーリス王との対話に望まないと。シャルルたち力を借してね」
セシリアの問いかけに聖剣シャルルはカタカタと小さく震え、グランツは羽を一度大きく羽ばたかせ影が揺れる。
その様子を見たセシリアは嬉しそうに微笑むのである。
***
ファディクトの大きな門にたどり着いたセシリア一行は先見隊が王都内に入るため門番と交渉する。
「かなり時間が掛かっていますが難航しているのでしょうか?」
馬車の中でラベリが心配そうにセシリアに尋ねる。
「たしかにいつもよりも遅いね。ユーリス王は慎重で疑り深いとも聞いているから私たちが本物かどうか調べているのかもね。トリクル女王の手紙もあるし大丈夫だよ」
「そうですね。早く謁見してみなさんを牢獄からださないといけませんものね」
セシリアの言葉に安心したのか笑みを見せるラベリがセシリアの隣に座るアメリーに目をやる。
「静かだと思ったら本を読んでいるのですか。アメリーが変な本以外を必死に読むなんて不思議なものですね」
「う~ん、確かに」
セシリアとラベリの声にアメリーが本から目を離し両頬を膨らませる。
「私をなんだと思ってんのよ。面白いものは素直に面白いんだから受け入れるわよ」
「ごめん、いっつも怪しい本ばっかり読んでるからついね」
「もう、私の愛読書は人前では読まないし。寝る前にこっそり読んで明日への活力に……あっ」
セシリアの鋭い視線に気づいたアメリーがハッとして口を押える。
「旅に出る前に持ってきたらダメだって言ったよね?」
「あわわわっ、ち、違うの……私の意志ではなくて体が勝手に……うぅ、ごめんなさい」
項垂れるアメリーを見てセシリアは苦笑する。
「絶対持ってくるって思ってたしいいよ。それよりもそれは人前で読まないでよ」
「うん、セシリアと一緒にしか読まないから大丈夫!」
「いや、私の前でも読まなくていいから」
「えー」
アメリーが残念そうに不満な声を上げたとき、馬車の扉がノックされる。
「セシリア様、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
外からドアが開きボルニアが顔を見せる。
「交渉が難航しておりましてユーリス王への謁見の許しが出ておりません。王都内へ入る許可も完全には下りてない状況ですが、セシリア様と一部の兵だけ先に入ってもらい来賓用の宿にて休憩することは可能だそうです」
「う~ん、なんだか誘われている感じもしますが……」
ボルニアの話を聞きセシリアは口を押さえつつ考え込む。
「おそらくこのままここにいても王都へ入れる許可は得られないでしょう。動きを促すためにもあえて誘いに乗ってみるのもありなのかもしれませんね」
「セシリア様の実力を疑うわけではありませんが、危険すぎませんか?」
心配するボルニアにセシリアは微笑み返す。
「危険かもしれませんが、現状を打破するためにやる意味はあると思います。ただあちらの誘いに乗るだけでは悔しいですね。あちらは私の方へ注目するはずですから、こちらもそれを利用させてもらいましょうか」
そう言ったセシリアと目が合ったラベリは、自分の隣にある四角い鞄を開け、紙とペンのセットを取り出し素早く準備するとセシリアに手渡す。
セシリアはペンをインク壺に付け紙にペンを走らせると便箋に入れる。その間にラベリが準備した火の灯ったろうそくから溶けた蝋を垂らし、上にスタンプを押して封蝋する。
聖剣の文様が入った封蝋は聖女セシリアの書いた手紙であることを示すもの。それをボルニアに手渡す。
「トリクル女王に伝言をお願いします。ボルニアさんたちは引き続き交渉と王都内外の動きに注視していてください。私の方も準備できたら王都内へ向かいます」
「はっ!」
ボルニアは手紙を受け取ると急ぎ馬車から立ち去る。
「さてさて、なにが待っているのでしょうね」
ラベリが手紙を書くのに使った道具をしまいながら話しかけてくるのをセシリアは首を傾げ尋ねる。
「なんかラベリも行くみたいな言い方だけど危ないよ」
「謁見などにはついて行けませんが、宿で休憩となれば身の回りのお世話をする者が必要です。それに兵だけで固めて王都に入っては、逆に相手を刺激してしまうじゃないですか?」
「うっ、まあ確かに」
ラベリの言葉に頷くしかないセシリアを見て、ラベリは嬉しそうに笑う。
「なので身の回りの世話をする私と毒味係のアメリーがついて行きます」
「誰が毒味係よ! でも私もついて行くから」
「ついて来るのはいいですけど、周りに迷惑を掛けないでくださいよ」
「子供じゃないんだから大丈夫よ」
「子供でしょ」
「なんですってぇ!」
「事実です! 前もシュトラーゼで──」
セシリアは二人が言い合うのを見ながら緊張がほぐれるのを感じ、どこかホッとした笑みを浮かべる。