第111話 旅路の癒し
別れを惜しむラファーと会話を交わし、ピエトラとウーファーに人間を見守るようにお願いし後を任せたセシリアは急ぎ馬車へ乗り、目的地であるファディクト王国へと向かう。
「それは私たちの隊長であるヴァイタリー隊長とフェルナンド様とグンナー様がユーリス王に謁見したときのことです」
移動開始して三日目の夜になり野営をするセシリア一行は、ファディクト王国から逃げて来た兵たちから話を聞く。セシリアは自分のために用意された椅子に座り、目の前で揺らぐ火の光と熱を体に受けながら兵の話に耳を傾ける。
──謁見の間に現れたユーリス王は椅子に座ってフェルナンドたちを見ると一言。
「ひざまずくのが遅い。さては命を狙う輩だな?」
「いえ、決してそのようなことはありません」
「そうやって言い訳するのがますます持って怪しいな」
ヴァイタリー隊長が答えるとそれにユーリス王が言葉を被せてくる。
「お言葉ですがあまりに酷い言いよう。私らはアイガイオン王と聖女セシリアの命を受けてユーリス王に謁見をお願いしたわけですよ」
横から割り込んできたフェルナンドをユーリス王はにらむと鼻で笑う。
「確か、アイガイオン王国で開催される大会で優勝するともらえる冒険者としての五大冒険者の称号一位、フェルナンドだったか。なるほど野蛮で知性のない顔をしている」
にらむフェルナンドをユーリス王は蔑んだ目で見返す。
「冒険者と言う存在私はあまり好きではないのだ。粗暴で品のない者ばかり…
…おい、そこのグンナーとか言う男動くな!」
言葉を挟もうと顔を上げたグンナーをユーリス王が指を差し怒鳴る。
「私の命を狙ったな? 油断も隙も無い。アイガイオン王と聖女からの使者が私の命を狙う、とんでもないことをする。これは国際問題に発展するぞ。死刑で済むと思うわぬことだ。おい、こやつらを捕らラビリント監獄へ収容しろ!」
ユーリス王の指示で集まってきた兵によってフェルナンドたちは捕らえられ連れ去らわれてしまう。残った兵たちをユーリス王は一にらみする。
「帰らないのか? お前らも私の国が誇る脱出不可の牢獄、ラビリントへ入れられたいのか?」
──その言葉を受け残った兵たちは慌ててその場から立ち去り、近くにいる聖女セシリア一行に助けを求めることとなる。
なるべく冷静に努めようとゆっくりと話してくれた兵の話が終わり、焚き火の木が弾ける音がパチパチと響く。
「ユーリス王は気に食わない者がいれば投獄してしまうような方なのですか? あるいはアイガイオン王と仲がよくない、スキあらば他国に攻め入ろうと考えているなど噂は?」
「いいえ、私たちが事前に調べた情報によりますと、正義感が強く曲がったことの嫌いな方だと。その正義感を理不尽な形で振るうことはあったそうではありますが、他国に攻め入ろうなどの動きは聞いておりません」
セシリアの問いに兵は首を横に振って事前に調べていた内容を説明する。
「何らかの心変わりあった可能性はないでしょうか?」
ボルニアの言葉にセシリア頷く。
「それも否定はできませんが、人や魔物を操る魔族がいる以上操られている可能性もあると思います。ただハッキリと言えるのはどちらにしても罠である可能性が高いかと」
セシリアの言葉に先程まで話していた兵がうつむいてしまう。
「責めているわけではありませんよ。どんな事情があるにせよフェルナンドさんたちを助けに行かない選択肢はないのですから」
優しく微笑むセシリアにうつむいていた兵は強張っていた表情を和らげる。
「ボルニアさん、あとどれくらいで着きそうですか?」
「このペースで行けばあと三日もあれば着くかと」
セシリアは頷くと、周りにいる兵や冒険者たちを見渡す。
「明日の出発も早いですし、早く休みましょう。みなさんには見張りをお願いしてご苦労をかけてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
頭を下げるセシリアにみなが慌てて頭を上げるように言いながら、「俺らに任せてくださいよ」と力強く答える。
それでも申し訳なさそうにセシリアはもう一度頭を下げ寝床へと向かう。セシリアを見送ったあと一人の兵が誰に向けて話すわけでもなく呟く。
「ほんっとセシリア様って優しいよな」
「ああ、俺何度か貴族が旅に出るって護衛でついて行ったことあるけど、寝ずに見張りやらされて昼は荷物を運びながら魔物を討伐とか普通だったし。あんなに優しくされたことないぞ」
「セシリア様の笑顔見るとやる気出てくるんだよなぁ。疲れも吹き飛ぶしさ! あの癒しに満ちた笑みを俺だけに向けてくれないかな」
「お前に可能性はねえよ。五大冒険者すら全員断られてるわけだし」
「でもそれって考えようによっては俺にも可能性あるってことじゃね?」
「前向きだなおい! だがそれだと俺にもチャンスがあるってことか!」
みながセシリアの話題で盛り上がるのをボルニアが手を叩き収める。
「その気持ちは分かるが今はセシリア様のためにきっちり見張りをするんだ。それとセシリア様からちゃんと交代して休養を取るようにとのお言葉を頂いている。張り切るのは良いが無理、無茶はするなよ」
ボルニアの言葉を聞いたみなが気合の入った返事をすると、やる気に満ちた顔で各持ち場へと向かっていくのである。
***
野営の中心にあるテントの前に来ると入り口を見張る二人の兵に挨拶をして中へ入る。
中には折り畳み用のベッドにシーツを敷くラベリと、近くの椅子で本を読んでいるアメリーがいる。
セシリアの身の回りの世話をするとして、この二人だけは自由にセシリアの寝室に入れるのだがラベリをともかく、アメリーはくつろぎ過ぎだろうと思いながらもセシリアはベッドに座る。
「疲れたぁ~」
ぼふっと音を立てベッドに寝っ転がるセシリアの隣にアメリーが読んでいた本を閉じて座る。
「聖女様は大変ね」
「ほんと、大変だよ~」
「セシリア様、お疲れ様です。こちらをどうぞ」
今度は反対側にラベリが座りビーナの蜜で作られたクッキーを差し出す。勢いよく起き上がったセシリアはクッキーを手に取るとお礼を言って口に入れる。
「はぁ~、ちゃんと聖女として出来てるのかな」
「聖女として出来てるじゃなくて、セシリアが聖女なんだから何やっても聖女じゃないの」
アメリーが不思議そうな表情でセシリアを見ながら答えるのをセシリアは目を丸くして見返す。
「日頃は変なシスターなくせにときどき鋭いというか、面白いこといいますよね」
「セシリアの服を嗅ぎながらくるくる回ってるラベリに変とか言われたくないんですけどー」
「なっ!? あ、あれは生乾きしていないかの確認です! 大事な仕事なのです! そ、それにアメリーだってセシリア様の下着を見せくれーってせがんでくるじゃないですか」
「言わないって約束したじゃないの!」
「そんな約束してません! アメリーが勝手に言っただけです!」
セシリアは言い合う二人をクッキーをくわえたまま呆れた顔で見ていたが、食べ終えると大きくため息をつく。
「あんまり人の物で遊ばないでね」
キリっとにらんむセシリアにラベリとアメリーが真面目な顔をして座ったまま背筋を伸ばす。
「そんなに怒ってないなから、それよりもアメリーは何の本を読んでいたの? 前に持っていた本と違うみたいだけど」
「あ、これ? ちょっと見てみて」
セシリアは自分の言葉に真面目な表情をすぐに崩した二人を見て苦笑しつつ、アメリーが手に持っていた本を手に取る。
「『脱出ゲーム』? なにこれ?」
「これねシュトラーゼの書庫に集められた遊戯語の資料の中にあったやつでね、遊戯語をサトゥルノ語に翻訳した小説なの。私たちが探しているフォルータへの道とは関係ないだろうってモルターさんがくれたのよ。
脱出不可能と言われる部屋から脱出する物語なんだけどこれがすごーく面白いの!」
手に取った本をまじまじと見るセシリアの隣に座るラベリが胸を張ってどんと叩く。
「実は私も読ませていただきましたが、すごく面白いです。セシリア様にもオススメしますよ。ところどころよく分からない物が出てきますが、ニャオトさんに聞いてなんとなく理解出来ましたから分からないことがあったら聞いてください」
「へぇ~ラベリも読んだんだ。アメリーが読み終わったら貸してよ」
「分かったわ。本当に面白いんだから、これ書いた人天才だと思うの。この仕掛けとかまさかあの人がっ、あうっ!?」
意気揚々と喋り出したアメリーの額にラベリのチョップがきまる。
「そう言うのネタバレって言うんですよ。ニャオトさんの世界では重罪だと聞きました。そんな罪をセシリア様に行うつもりですか?」
「あうぅ~、ごめんなさい」
「いいよ、アメリーが面白さを伝えたくなるほどにその本が面白いってのは伝わったから」
頭を押え謝るアメリーを見てセシリアは笑いながら答える。それからしばらく他愛のない話をする。
(二人がついて来るって言ったときはどうしようかと思ったけど、今やこの空間が一番落ち着くんだから二人には感謝しなくっちゃね)
二人に挟まれセシリアはそんなことを思いながら微笑む。