第110話 出発は突然に
トリクル女王を中心にコカトリスの巣の復旧作業の計画を立て、現場に作業員が入り始めて四日間セシリアも会議に加わり現場の視察と、ラファーを通訳にしピエトラとウーファーに今後の予定を話し合う。
「魔王討伐と言う大義があるであろうにシュトラーゼのために本当にすまないな」
「いえ、きっちりと取り決めはしておかないといけませんから。それにみなさんが協力してくれるので予定よりかなり早く取り決めができましたので、明後日には出発しようかと思います」
「明後日か……もっとここに滞在して欲しいがそう言うわけにもいかぬな」
トリクル女王の部屋にまで呼ばれるようになったセシリアは、ビーナの蜜入りの紅茶を飲みながらトリクル女王と談笑を交えながら今後の予定を話し合う。
「セシリアさえよければだが、魔王討伐を終えたあとシュトラーゼに来る気はないか?」
「あ、えーと」
「ふふふっその様子だと、他の国でも言われておるな。まずアイガイオン王がセシリアほどの人物を手放すわけがないであろう。あやつを説得することから始めるとなると骨が折れるが、それをしてでも其方を私の国に受け入れたい前向きに検討してはくれないだろうか」
トリクル女王に両手を握り顔を近付け迫れられ、セシリアはたじろいでしまう。
「トリクル女王様のお誘いは嬉しいです。ですが私はやるべきことがありますから、今はまだ終わったことを考えれてません」
そう言って眉を下げ少し申し訳なさそうな笑みを浮かべ答えるセシリアに、トリクル女王は息を吐いて肩を落とす。
「そうだな、今は聖女セシリアとしてやることが多くあるからな。すまないつい熱くなってしまった」
「いいえ、私を受け入れたいと言って下さったこと、とても嬉しいです」
微笑むセシリアを見てトリクル女王も微笑む。
「セシリアが来てくれるなら王室に迎え入れる準備も出来ておる。このシュトラーゼは女王が統治すると上手くいく国でな、息子しかいない私のもとにこうしてセシリアが来てくれたのも運命だと思っている。
息子たちにはもう会ったであろう? 母である私が言うのも親バカであるがどの子も強く賢くなによりも優しい。セシリアを大事にするはずだ」
トリクル女王に言われセシリアはここ数日の間、会議や現場で何かとアピールしてくる三人の男たちを思い出す。
名乗られたときに王子であることは分かったが、なるほど既に自分をこの国に受け入れるために動いていたのかと考えるとトリクル女王のしたたかさと、結婚させられそうになっている事実に体に寒気が走る。
「私がシュトラーゼに住むとしても一般市民でお願いできれば嬉しいんですけど」
「この国を救ってくれた人物にそんなことが出来ようか。それにしてもセシリアは謙虚であり無欲であるのだな。私の座を狙って息子たちに近づく女どもも多いと言うに権力や金に囚われない、其方こそ本物の聖女と呼ぶにふさわしい人物だな」
何度も頷き感動の言葉を並べるトリクル女王に、王室に入ることに興味はないのもあるが本当は男と結婚したくないだけなんだけど……などとは言えないセシリアは苦笑いをして誤魔化す。
トントン
控えめなノックが外から聞こえるとトリクル女王が眉間にしわを寄せ僅かに不機嫌な様子を見せつつ、ドアの前に待機しているメイドに用件を聞くように指を差して指示する。
メイドがドアにある小窓を僅かに開け隙間から外の者とやり取りをすると、トリクル女王の方を向き指示を待つ。
手招きされてからトリクル女王のもとへ歩いて来たメイドが少し離れた位置で気をつけの姿勢を取る。
「何ようだ?」
「はい、聖女セシリア様へ早急にお伝えしたいことがあるとアイガイオン王国の兵からの伝言があるとのことです」
「む、セシリアだと? 通せ」
トリクル女王の言葉にメイドが頭を下げると足早にドアの方へと急ぎ、小窓を開け言葉のやり取りをしたのちゆっくりとドアを開ける。
開いたドアから入ってきた若い男の伝令が、入り口でひざまずくと深々と頭を下げる。
「お休みのところ申し訳ございません」
「挨拶はよい。用件を言え」
「はっ! 聖女セシリア様と共にアイガイオン王国から出発した冒険者フェルナンド、グンナーを含む数名の兵がファディクト王国にて捕らえられラビリント監獄へ収容されたとのことです。
我が国に滞在致しますアイガイオン王国、軍隊長であるボルニア様から至急聖女セシリア様にお伝えしてほしいと」
伝令の言葉にセシリアは目を丸くする。
「ラビリント監獄だと!? 重罪人しか投獄しない場所へアイガイオン王国の使者を捕らえ入れるとはユーリス王は何を考えておる?」
「詳しいことは分かりませんが、訪れた使者に対し態度が気に食わないと言い死刑を宣告して捕らえたと聞いております」
トリクル女王はセシリアへ目を向けるとセシリアは大きく頷く。
「急な話で申し訳ありませんが、予定を変更し明日出発しようと思います。なにか嫌な予感がしますので」
「急いだほうがよさそうだな。私の方からも使者を出しユーリス王に掛け合ってみよう」
「ありがとうございます」
お礼を述べたセシリアは急ぎ立ち上がりボルニア隊長たちと今後の話し合いをするため向かう。
***
露出した青い肌の上半身にモジャモジャな髪から生えた一本の角。身長はゆうに二メートル超える大男は、暗くジメジメした廊下を鎖で縛った一人の男を引き連れ歩く。
黒と黄色のストライプ柄のボクサーパンツを履く姿はまさに鬼である。
鬼が歩く廊下の壁には鉄格子が並んでおり、それぞれが小さな部屋からの脱出を拒むためにある。
一つの部屋の前で止まると鬼は鍵を取り出し屈んで扉を開けると、連れて来た男に入れと指を差して指示する。
男はチッと舌打ちを一つしつつも渋々中へ入ると扉は締められ施錠される。
「フェルナンド、その様子だと散々やられたみたいじゃないか」
部屋の隅に座っていた細身の男が入ってきた男に声を掛ける。
「うるせえよ。グンナーてめえもボコボコじゃねえか」
「まあ、修行の一環と思えばこれくらいはなんてことないさ」
「はん、意味わかんねえ」
顔を腫らしたフェルナンドが同じく顔を腫らしたグンナーの隣に座る。
「ったくまだ四日だってのに先が思いやられるぜ」
「セシリア様に伝令が伝わるとすればそろそろだろう。あの方ならどうにかしてくれるさ」
グンナーの言葉を聞いたフェルナンドは鼻で笑うと頭の後ろで腕を組み壁に寄り掛かる。
「助けるどころか、助けを待つことなるとは情けなえな。セシリアに合わせる顔がねえ」
「セシリア様は情けないとか思わないはずさ。きっと無事を喜んでくれるはず。だからその日まで生き残ることを考えた方がいいと思うがね」
「はん、ちげーねぇーな」
鼻で笑ったグンナーは少しだけ笑みを浮かべると目をつぶり寝入ってしまう。
「なんと寝付きのいい、明日の戦いのためにも俺も寝るとするか」
グンナーも目をつぶりやがて寝息を立て始める。月明かりが僅かに漏れる部屋で二人の男は、愛しい聖女セシリアが助けに来てくれることを信じて眠りにつく。




