第109話 全てに愛される聖女
コカトリスであるピエトラを説得したセシリアたちは、フルーヴ川にいるバジリスクのもとへと向かう。
ラファーと共に現れたセシリアに警戒したバジリスクが、水に浮かんでいた体を起こし立ち上がる。
『小さな人げーん、わーしーになにかよーか?』
川の水をせき止めて作った池に下半身を沈めてもなおセシリアたちよりも巨体から見下ろされることはそれだけでも恐怖であるが、それを悟らせないようバジリスクを見上げたスカートを摘まみお辞儀をする。
「私はセシリア・ミルワードと申します。今日はバジリスクさんにお願いがあってきました」
『へー、わーしーにお願いする人げーん珍しーい。そーれになんでーラファーが一緒にーいるのさー』
間延びした喋り方をするバジリスクは口から大きな舌をチロチロ出しながらラファーを縦長の瞳孔を細くした目でにらむ。
『俺はセシリアお嬢さんのお役に立つためお供している。その説明は後でするとして、先ずはセシリアお嬢さんの話を聞いて欲しい』
『ふーん、ラファーがそーんな、すなおーにー人げーんに従うなんてねー。おもしろそーだからいいよー』
そう言ってバジリスクは頭を下ろしセシリアの近くに顔を持ってくる。
『わーしーの名前はウーファー、セシリアーの話しー聞いたげーる』
メガローの大きな顔が近付き驚くセシリアだが、それを表に出さずに微笑む。セシリア自身そうできる自分に驚いていたりするが、顔を近付けても驚かないセシリアにメガローが細くなった瞳孔を広げ少し驚いた雰囲気をみせる。
「ウーファーさん、もといたトロップフェ湖へ帰るつもりはありませんか?」
『えー、だってあそこはいまー鳥やろーが騒がしくてー嫌なんだー』
「コカトリスでしたら元住んでいた場所が普及次第帰ることになっています」
『あの鳥やろーが帰るー? ほんとーにー?』
ウーファーが疑いの目を向けるので、セシリアは順を追ってピエトラとした約束の説明を始める。
ウーファーは時々舌をピロピロ出しながら興味深そうにセシリアの説明に耳を傾けていたが、聞き終えると口を閉じて黙ってしまう。
『鳥やろーがいなくなるならー帰ってもいいけどー、人げーん嫌ーいなラファーがなんでセシリアーと一緒にいるか教えてー』
ウーファーの言葉に待ってましたとばかりにラファーが胸を張って前に出る。
『ああいいとも、俺とセシリアお嬢さんの出会いを聞かせてやろう』
嬉しそうに尻尾を振りながらウーファーに話始める。もちろん男の娘と出会ったことの衝撃と喜び、そしてその素晴らしさを。シャルルたちも混ざりわいわいと話しが終わったあとウーファーは瞳孔をまん丸にして、舌をピロピロさせ満足そうに言う。
『わーしーもセシリアー真のーファンクラブー六ごーとして頑張るー』
ファンクラブ加入宣言にもう突っ込む気もないセシリアは、ため息を一つつきウーファーに声を掛ける。
「では、コカトリスのピエトラさんが移動したらお知らせに参ります。それまでここにいてもいいですが、もう少し水が下流に流れるように調整をお願いします」
『りょーかーい』
素直に返事をするウーファーを見て、自分のファンクラブに入ることで大人しくしてくれるなら魔族や魔物だらけのファンクラブも悪いことばかりではないかと前向きに考える。
「それでは最後にこの国の人間代表に話をつけに行きましょう。ラファーさんよろしいですか?」
『俺が行く方が話が早いなら仕方あるまいな。なによりセシリアお嬢さんの頼みなら断れまい』
正直男の娘の良さがよく分かっていないセシリアにとって、セシリアの話を素直に聞きかつて恨み憎んだ聖剣シャルルと今やセシリアファンクラブ仲間として楽しそうに言葉を交わすきっかけとなる自分の存在が不思議に思えてきてしまう。
***
国全体の問題を解決すべく出発した聖女セシリア一行がシュトラーゼの王都へ帰って来る。これだけでもみなの注目を集めるのに、伝説に近い存在であり人間を嫌うユニコーンに乗って帰って来たら全国民が驚きと感動に満ちた眼差しと歓声を聖女セシリアに向ける。
「なんと……先に報告を受けてはいたがユニコーンを引き連れてくるとは恐れ入った。驚き過ぎて言葉もない」
トリクル女王がひざまずくセシリアの隣に座って寄りかかるユニコーンを、驚きに満ちた表情でまじまじと見る。
「正直、コカトリスの巣を直す約束をしたと報告を受けたときは魔物と約束などと信じられなかったが、こうして人嫌いで有名なユニコーンを手なずけ民衆の前に連れてこられては信じるしかあるまい」
「トリクル女王様の許可もなしに勝手に約束を取り付けてしまったこと、誠に申し訳ございません」
「いいや構わん。私が数ヶ月かけても解決の糸口すらも得られなかったのに一日で解決への道を作ってくれ、そして何より私の国の人々を石化から救ってもらって感謝こそ言えども責めることがあろうか。どうか頭を上げてくれぬか聖女セシリアよ」
頭を下げたセシリアに椅子から立ち上がったトリクル女王が近づき肩に触れる。
「これが伝説のユニコーンか。間近で見るとなんと美しく、そして気高き姿をしている」
トリクル女王がラファーを見ると、ラファーはしばらく見つめ返していたが長いまつ毛を揺らしながらそっと目を閉じる。
「聖女セシリアよ、改めて礼を言わせてくれ。シュトラーゼを救ってくれありがとう」
微笑むトリクル女王にセシリアは微笑み返す。
「いいえ、私に出来ることをしただけです。それにまだ終わったわけではありません。今からコカトリスの住処を復旧させるという大きな仕事があります。バジリスクが作ったため池は計画的に崩さねば下流に被害をもたらしてしまいますし、やるべきことは沢山あります」
「ああそうだな。聖女セシリアが切り開いてくれた道を大切にせねばな」
希望に満ちた目で大きく頷くトリクル女王にセシリアも頷き返すと、隣にいるユニコーンの頭を撫でる。
「コカトリスやバジリスクも人を信じているわけではありません。そして人もまた彼らに警戒をするのは致し方のないこと。ですので、工事が終了しそれぞれが移動を終えるまではこのユニコーンが双方を見守ることになります」
セシリアに撫でられて目を開けたラファーは、気持ちよさそうにセシリアの手に頭を委ねたあと、鼻先をセシリアに擦りつけ甘える。
「ああ心得た。それにしてもユニコーンがここまで懐くとは驚き過ぎて言葉もないな」
ユニコーンを見るトリクル女王の目とスカートを握る手を見たセシリアはラファーを撫でる。
「ラファーいい?」
セシリアの問いにゆっくりと頷いたラファーが頭を下げる。
「トリクル女王様、触ってみますか?」
「い、いいのか?」
出会ってから見せたことない顔で喜びをあらわにすると、恐る恐る手を伸ばしラファーの頭を撫でる。
「私が幼き頃見かけたことがあったが覚えてはいないだろうな。気高く美しい姿を見たあのときの感動は今でも覚えている。
まさかこうして自分の手で触れられる日が来ようとは。セシリアには感謝してもしきれない。
ユニコーンは本当にセシリアのことが好きなのだな。こんなにも全てに愛される聖女を疑った私のなんと愚かなことよ」
子供のように無邪気な顔で目を輝かせラファーを撫でるトリクル女王をセシリアは微笑んで見守るが目は笑っていない。
『当たり前じゃないか。俺は男の娘の素晴らしさを教えてくれたセシリアお嬢さんのファンだぞ。ああお前にも伝えたいこの素晴らしさを! 人間どもはこの魅力に気付いてないとは、いやはやなんとも悲しき生き物よ』
セシリアはわけの分からないことを喋るラファーに冷たい視線を送りながら、声が聞こえなくて良かったとトリクル女王が嬉しそうにラファーを撫でる姿を見て思うのであった。