第107話 長年の傷を癒すのは男の娘
翼を畳み、手に持つ聖剣シャルルを鞘に納めたセシリアが後ろを振り返ると、ポシェットから小瓶を取り出し中に入っているポンポン草を手にすると『広域化』のスキルを掛けポンポンと宙で振る。
弾ける光の粒にロックやミルコをはじめ、みなが戦闘で受けた小さな傷が消えていく。効能としては普通のポンポン草と変わらないのに、傷が癒えたことへの驚きの声と疲れも癒え力がみなぎってきたと言うロックたちには触れずセシリアは口を開く。
「ユニコーンを追います。申し訳ありませんが、ついて来れる方は護衛をお願いします」
セシリアの声に全員が頷きそしてユニコーンが消えた森の方へ足を向けたとき、セシリアの体が浮き上がる。
「ちょっと! じ、自分で歩けますからおろしてください!」
「いいえ、セシリア様は先ほどの戦闘で消耗してますから少し休んで下さい。再び戦闘になるかもしれませんし」
ロックがセシリアをお姫様抱っこしつつミルコを見てドヤ顔する。前回オグマァとの戦闘でミルコがセシリアをお姫様抱っこしたことを根に持っていたのである。
にらみ合う二人に呆れてため息をつくセシリアは下りることを諦め森の方を指さす。
「進むべき道は誘導しますのでユニコーンを追ってください」
セシリアの言葉にみなが切れのいい返事をすると、急ぎうっそうと茂る森へと飛び込む。
『先ほど接触したのでユニコーンの魔力は記憶しました。ダメージが大きいようでそれほどスピードは出ていないので捉えることが出来るのが救いです。アトラ地理は把握できてますか?』
『任せるのじゃ。だてに長年森で生きておらんから地形と地理の把握はお手の物なのじゃ』
セシリアの頭のなかで交わされる会話と、グランツが伝える方向とアトラの地形把握により道を選定しながら一行は森の奥へと進む。
やがてうっそうと茂っていた木々が減っていき開けると、小さな草原と小さな湖が目の前に現れる。
小さく綺麗な花が咲く草原にある湖のど真ん中にユニコーンは立ち、セシリアたちをじっと見つめている。
「あいつ湖の上に立っていますがどうしますか?」
「とりあえず下ろしてくれませんか?」
ロックは慌ててセシリアを下ろす。地面に足を着けたセシリアは聖剣シャルルを腰に当て鞘から伸びた蔦を絡め固定すると小さくため息をつく。
「ユニコーンと話をしてみます。戦闘になることもあるかもしれませんので念のため警戒はしていてください」
セシリアはロックたちにそう言うと湖の方へ向かって歩いて行く。みなが岸から話し掛けると思ったのも束の間、セシリアはそっと湖に足を着けるとゆっくりと水面に立つ。
「うわぁ……ゆらゆらするぅ。アトラお願い」
『任せるのじゃ。上半身の方はグランツ先輩がバランスを取ってくれるから柔らかい地面を歩く感覚で行くといいのじゃ』
水面の影を足場に湖の上を歩き始めるセシリアの姿を見た兵たちが口々に「奇跡だ」と口にする。
本心は揺れる水面を恐る恐る歩き落ちないように祈りながらユニコーンへ近付くセシリアであるが、ユニコーンに悟られないよう澄ました顔で歩く。
ゆっくりと澄ました顔で歩く姿が余計に神々しさを増し、みなに感動をセシリアが近づくことに警戒するユニコーンに驚きと好奇心を与えその場に繋ぎ止めることに成功する。
やがて手を伸ばせば触れられるほどの距離に近づいたセシリアがユニコーンと向かい合い目を合わせる。
「私の名前はセシリア・ミルワードと申します。よろしければユニコーンさんのお名前も教えていただけませんか?」
セシリアに優しく声を掛けられたユニコーンはしばらく瞳にセシリアを映す。湖の上を吹き抜ける風がたてがみとセシリアの銀色の髪をなびかせる。
『ラファー』
風が耳を撫でる音とは別にセシリアの頭に声が響く。
「ラファーさん、先ほどは思いっきり叩いて申し訳ありませんでした」
セシリアが頭を下げ謝るのをじっと見ていたラファーがゆっくりと首を振る。
『いや、俺が先に仕掛けたんだ。お嬢さんが謝る必要はない』
今度はセシリアがゆっくり首を横に振る。
「だとしてもです。ラファーさんを傷つけた事実に変わりはありません」
セシリアの言葉を聞いたラファーは、小さく鼻を鳴らしながら笑みを漏らすと水面の上で前脚を折り座ると頭を下げ角をセシリアに向ける。
『俺のスキルの一つ『対話』は種族を超え話をすることが出来る。基本は俺が話したい相手一人がスキルの対象だが角に触れることで触れている者は会話に入ることができる』
ラファーの説明を受けたセシリアは近くに寄ると手を伸ばし角にそっと触れる。
『これで憎たらしい剣も含め会話が!?』
『おぉ、繋がった。なるほど角とぶつかりあったときに会話が出来たのはこういうことか』
『初めましてなのじゃ! わらわはアトラなのじゃ。セシリアの話を聞いてほしいのじゃ』
『セシリア様の翼ことグランツです。どうぞセシリア様の声に耳を傾けてください。よろしくお願いします』
三人が一気に喋り出しラファーが困惑する。
「あぁ、なんかごめんなさい。色々訳あって契約をしてこんな状況なんです」
『あ、いや。人間なのになぜ魔族の魔力をまとっているのかと思ったらそういうことか。今どき人間と契約する魔族がいるとは……それはまあいい。それよりもお嬢さん、話とは?』
ラファーが話しを聞く姿勢を見せてくれたことにセシリアは安堵の笑みをこぼす。そしてトロップフェ湖周辺の現状を説明する。
『なるほど、それで俺にバジリスクとコカトリスを説得をしてほしいというわけか』
じっとセシリアの話を聞いていたラファーが頷くと、視線をセシリアの腰に引っ付いている聖剣シャルルに向ける。
『おい剣、名前は?』
『シャルルだ』
『昔のことは許し難いが、今回はお嬢さんに免じて協力してやる』
『あのときは必死だったとはいえ、すまなかった』
『ふん、まあいい。お嬢さん俺の背中に乗れ、俺がバジリスクとコカトリスに話をつけてやろう』
ラファーに背中に乗れと言われ、セシリアがお言葉に甘えようかとしたとき聖剣シャルルが引き止める。
『待てセシリア。背中に跨るとおそらくバレる。ここは正直に言うべきだ』
聖剣シャルルの言葉の意味を理解したセシリアはモジモジしながら、心底申し訳なさそうな顔で口を開く。
「あのぉ、このタイミングで言うのもどうかと思うんですけど。私、実は男なんですよね」
『なにぃ!?』
ラファーが驚き思わず立ち上がってセシリアをまじまじと見る。
『いや、嘘だろ……信じられん。まさかお前はあれか? 純粋無垢な少女を装い近づいてユニコーンを捕まえるって言う伝説にのっとって俺を騙しにきたわけか?』
ラファーが魔力をまとい殺気立つ。
「いえ、その騙すとかじゃなくて……えーと、その男の娘なんです」
『男の娘? なんだそれは?』
セシリアは上手く説明できずに自分で『男の娘』と言ってしまったことを後悔するがもう遅い。
「えーっとですね……」
『ラファーよ。男の娘とは全てを兼ね備えた素晴らしき存在だ。我らを見よ、プライド高き魔族が複数も一人の人間と契約するであろうか? いいや否だ。男の娘であるセシリアに惚れ込み今の現状があるわけだ』
言葉に詰まるセシリアの横から入ってきた聖剣シャルルの言葉を受けラファーがセシリアをまじまじと見つめる。
『男嫌いで純粋な乙女好きで有名なユニコーン伝説の数々。ラファーよお前も例に洩れずそうであろうが、ここで一つ男の娘に触れて新たな扉を開いてみないか?』
『新たな扉だと……』
『ラファーよ、お前は既にその扉を開きかけているのだ。三百年もの間我を恨み怒り狂っていたお前がなぜそんなに穏やか表情をしてセシリアに協力的になっている?』
『そ、それは……』
『それはセシリアの優しさに触れ外見だけでなく心の美しさに心を動かされたからではないか?』
とても変な方向へと向かっている気がするが、自分ではラファー説得出来ないとセシリアは怒涛の勢いでラファーを押さえ込む聖剣シャルルの話術を黙って聞くことにする。
『お前は既にセシリアの魅力に気づき身も心も惹かれているのだ。ユニコーンであるプライドが邪魔をしているだけ、ユニコーンとしてではなくラファーとして自分の気持ちに素直に向き合ってセシリアに触れてみるのだ』
聖剣シャルルの言葉に体を震わせながらラファーがセシリアを見上げる。
『俺に……乗ってくれないか』
「え、えっと……はい」
何かと葛藤するような目でセシリアを見るラファー目がやや怖いと感じながら、恐る恐る手を背中に掛けるとラファーがビクッと体を震わせる。
一瞬躊躇してしまうが、意を決して手足を掛け背中に乗る。
『あっ……』
「な、なんですか?」
やや高い変な声を出したラファーにセシリアが顔を赤くしながら尋ねる。
『あ、いえ。本当に男なんだなって』
「そ、そうだって言ってるじゃないですか!」
顔を赤くし慌て言葉が少々乱暴になるセシリアをじっと見ていたラファーが頬を赤くして慌てて顔を逸す。
『ちょ、ちょっとシャルルとやらと会話がしたい。角を握ってくれるか』
「え、ええ」
セシリアがラファーの首に左腕でしがみつき、伸ばした右手で角を握る。
『おふぅ』
しがみついた際、ラファーの首から後頭部辺にセシリアの柔らかい胸が当たりラファーは思わず変な声を出してしまう。
「あ、ごめんなさい。痛かったですか?」
『い、いや……問題ない』
『ふっふっふ、ラファーよ。セシリアの魅力はまだまだこんなものではないぞ。その魅力を知ったとき三百年もの間復讐に駆られ荒れていた心も癒されるであろう』
セシリアが角を握った瞬間に始まる聖剣シャルルのささやきに、ラファーはうぬぬぬと唸り始める。
『ラファーの角を握るセシリアの手、ちょっとやらしくないか?』
「ちょっとシャルル! なにを!」
ひひ~ん!!
ラファーがいななく。
それは新たな扉を開き男の娘に落ちた瞬間。
「ラファーさん、あなたも、あぁちょっともう興奮しないで! 角へし折りますよ!!」
頬を赤くして興奮していななくラファーに強めに注意するセシリアだが、それはさらにラファーの心に男の娘を深く刻むことになる。
『こ、こんな素晴らしい存在がこの世にいるとは。お、俺は今猛烈に感動しているぅぅ!!』
「あぁ~もういやだぁ~」
湖の上でユニコーンと触れ合う聖女。それだけでも絵になる光景なのに、優しくユニコーンの頭を撫で背中に乗った聖女とそれを喜びいななくユニコーン。
おとぎ話のような幻想的で美しい光景にロックやミルコ他全ての者が感動し、彼らが帰った後その感動を伝えた話は『聖女とユニコーン』の出会いとして後世に語り継がれることとなる。
実際は男の娘に目覚め歓喜の声を上げるユニコーンと、それを嫌がる聖女と呼ばれる男の娘に変な聖剣が新たな仲間を祝福するというカオスな状況であるのだが。