第106話 伝説の魔物ユニコーンはおかんむりです
「ユニコーンの目撃情報ですか? あるにはありますが出会ったが最後額の中央に生えた鋭い角によって攻撃され大怪我では済まない、下手をすれば命をも危険だと言われる獰猛な魔物です」
シュトラーゼの兵隊長はセシリアの問いにこう答える。
「冒険者、特に剣を持つ者を見ると全力で攻撃してきて、落とした剣を踏みつけ破壊すると言われます。それはもう親の仇かというくらい憎しみを込め何度も踏みつけるらしいです」
付け加えられた情報を聞いたセシリアが聖剣シャルルをにらむ。
「この状況を打開するためにユニコーンの力が必要かもしれません。ユニコーンが目撃される場所へ案内してもらえませんか?」
シュトラーゼの兵隊長は少し躊躇するような素振りを見せるが、小さく頷くとセシリアの方を見る。
「聖女様のお頼みとあらば断わるわけにはいきません。ご案内いたします」
***
バジリスクの泳ぐフルーヴ川を通り抜け川岸へとたどり着くと岩山と森林が迎えてくれる。
「ユニコーンはフォティア火山を中心にして周囲を定期的に移動をしているようです。一番最後に目撃情報があったのはこの辺りになります」
シュトラーゼの兵隊長の説明を受けつつ岩と土の混ざった森林を進むセシリアの隣を歩くグランツが羽をバサバサと羽ばたかせる。
『セシリア様、大きな魔力が物凄い勢いで近づいて来ます!』
「みなさん気をつけて! 何か来ます!」
グランツの声を受けセシリアが叫ぶ。それと同時に数人の兵が声を上げる間もなく宙へ投げ出され地面を蹴る蹄の音が響く。
真っ白な体にたてがみと尾をなびかせ高速で駆け、額には螺旋状にねじれた銀色の角を携えた馬は首を下げ突進するとさらにシュトラーゼの兵隊長と兵たちとを次々と空中へ放り出す。
「セシリア様お下がり下さい!」
ボルニアがセシリアの前に出て大盾で角を受け止めるが、角は大盾を貫通しそのまま首を大きく振り上げボルニアを盾ごと真後ろへ投げる。
「こいつ!」
ボルニアを投げたスキにロックが槍で喉元を突こうとするが、頭を素早く振り降ろし振り降ろした角にあえなく遮られてしまい。
頭を下げ前かがみになった馬の背後から飛び掛かるミルコだが、前脚に全体重を掛けロックを地面に伏せさせつつ、浮いた後ろ足に蹴られ吹き飛ばされてしまう。
ぶふぅっ~
荒い鼻息を一つ吐きセシリアの方を真っ直ぐ見つめる、長いまつ毛から覗く真っ黒な瞳は手に持つ聖剣シャルルを映す。
「これがユニコーン……」
美しい毛並みだけでなく、余計なものをそぎ落とした無駄のない筋肉質でスマートな体、研ぎ澄まされ触れるだけで斬れそうな鋭い角を有する佇まいに、神々しさすら感じてしまいセシリアは思わず見とれてしまう。
『その剣は喋るか?』
ユニコーンの姿に気を取られていたセシリアの頭のなかに突然聞いたことのない声が響く。驚くセシリアだがその声に殺気を感じ素早く聖剣シャルルを鞘から抜き、光の粒となったグランツを取り込むと翼を生やす。
「ええ、この剣は喋ります」
『そうか、やっと見つけた……魔族の魔力をまとうお嬢さん、怪我をしたくなければその剣を置いて立ち去れ』
目を大きく見開いたユニコーンはセシリアへ警告をし前脚で地面を掻き始める。
「私たちはあなたにお願いがあって来たのです。まずは話し合いませんか?」
『聞こえなかったか? 俺は剣を置いて立ち去れと言ったのだが』
セシリアとユニコーンは目を合わせ視線をぶつけ合う。
「お断りします」
『お嬢さんを傷つけるのは俺の流儀に反するが、その憎き剣から手を離さないと言うのであれば仕方ない』
そう言うや否やユニコーンが角を突き出し突進してくる。華麗に駆けながらもその勢いは凄まじく、鋭い角が自分に向き向かって来る光景は突き刺されるビジョンを想像してしまいセシリアに緊張をもたらす。
「させるかよ!」
二人の間に割り込んできたロックが槍で角を受け止める。穂先に沿って角が走り火花が散らせながらロックのあごを角の先端がかする。
上半身を逸らしギリギリで避けたロックだが、槍の柄をユニコーンがくわえ首を振り投げ捨てる。
ロックから奪った槍の柄を噛み砕くと真横から振られる聖剣シャルルを角で受け止める。
『久しいな。元気にしていたようでなによりだ』
『やはりお前か! この日をどれだけ待ちわびたことか。三百年お前への復讐を誓い修行してきたのだ』
『うむうむ、よき心がけだ』
『相も変わらず腹の立つ喋り方をするヤツだ。今日こそお前を砕いてやるからな!』
聖剣シャルルとユニコーンの角がぶつかり火花を散らすなか、二人の会話が交わされる。
刀身と角がぶつかった瞬間、真上からミルコが飛び掛かりユニコーンの背にしがみつく。そのスキを逃がさずセシリアが聖剣シャルルを振り降ろすが角に受け止められ、ユニコーンは四本の脚を地面に叩きつけ背中を丸め跳ねると、背中にしがみ付いたミルコを真上に吹き飛ばす。
『男が俺に触るな』
怒りをあらわにするユニコーンが、落下するミルコを鋭い角で突き刺そうと待ち構えるのを阻止するためセシリアが聖剣シャルルを振るう。
バックステップで避けたユニコーンが着地した後ろ脚で地面を蹴り、攻撃を避けられてしまいスキの出来たセシリアに向け角を突き出し高速で突進を仕掛ける。
バランスを崩した盾を持たぬセシリアが取れる行為は聖剣シャルルを使ってガードすること、それを狙ったユニコーンの鋭い角は空を切る。
『なにっ!?』
翼を広げ地面を滑って避けたセシリアが振るう聖剣シャルルを、今度は攻撃を避けられスキだらけのユニコーンがガードをする羽目になる。
思わぬ攻撃を受け力を逃がしきれなかったユニコーンが大きく真横へ吹き飛ばされる。
吹き飛ばされるが軽やかに着地したユニコーンの真上から落下してきたミルコが拳を振るう。
手甲をまとう拳を受けたユニコーンの表情に僅かに驚きの色が覗く。
『落下速度を考慮したとしても攻撃が重い』
ミルコのスキル『蓄積返し』が発動した攻撃は、先ほどユニコーン自身が放った分を上乗せしているゆえに非常に重い。
頭をもたげるユニコーンに剣を持ったロックの斬撃が襲う。
ミルコの拳を強引に振り払い頭を逸らし、剣先をギリギリで避けるユニコーンだがロックのスキル『伸長』により伸びた剣先が頬をかすっていく。
ユニコーンは魔物であるが、何百年も生きた個体ゆえに保有する魔力は膨大であり魔族同等生半可な武器では傷をつけることはできない。
だが、憎き聖剣シャルルならまだしも全然関係ない人間が自分の顔に武器を当てたことにユニコーンはキレる。
目を真っ赤にし全身から魔力を噴き出すと、体ごと角を豪快に振り回しミルコとロックを吹き飛ばす。
「短気は損気だぞと昔の人は言った。そして我も言ったぞ。だそうです」
ユニコーンが血走った目を声が聞こえた方を向けると立ち昇る魔力をまとった聖剣シャルルを構えるセシリアの姿があった。
それを見た瞬間荒い鼻息を吐くと、前脚を蹴りスタートを切るユニコーンは全身に魔力をまとい真っ白な軌跡を引きセシリアへ向かう。
セシリアは翼を広げ影に足を掛けると、聖剣シャルルを構え地面滑り突進してくるユニコーンに真正面から向かう。互いがぶつかる寸前の距離でセシリアが翼を畳み地面を滑り小さく弧を描き、ユニコーンを避けつつ後ろに回り込むと翼を広げ急ブレーキ掛ける。
そしてすれ違い様にユニコーンの影に引っ掛け伸ばしたセシリアの影をアトラが引っ張り、影が戻る反動でセシリアが宙へ舞いユニコーンとの間合いを一気に詰める。
空中で翼をひねり体を回してもらいながら振るう聖剣シャルルはユニコーンの首をとらえる。本来なら切断するために鋭い魔力の形を作る聖剣シャルルであるが、今回は丸みを帯びさせ打撃のみをユニコーンへ放つ。
『ぐふっ!?』
強烈な一撃にユニコーンは目を見開き、口から唾を吐きながら吹き飛んで岩に激突する。派手に飛び散る岩の破片と、もうもうと上がる土煙をみなが見るなか黒い影がよたよたと四本の脚で立ちあがる。
煙のなかからふらふらとおぼつかない足取りで姿を現したユニコーンだが、凄まじい魔力は健在でありセシリアをはじめみなに緊張が走る。
ユニコーンは真っ黒な瞳でじっとセシリアを見つめてくるので、セシリアも目を逸らしたら負けな気がしてじっと見つめ返す。
しばらく無言で向き合う両者だったが、ユニコーンの瞳が大きく揺れ始め段々と涙が溜まるとやがてあふれた涙が頬を伝う。
ひひぃ~ん!!
唇をブルブルさせ涙とヨダレをまき、ユニコーンは泣きながら走り去ってしまう。
「あ、どっか行っちゃった……」
取り残されたセシリアはユニコーンが走り去った方を呆然と見つめる。