第105話 シュトラーゼの抱える問題を解決するには?
王都シュトラーゼから北へと進むと大きな湖、トロップフェ湖が眼下に広がる。
湖の北側にうっそうと茂る森林の向こうに火山であるフォティア火山がまず目につく。そしてその東側にはフルーヴ川の上流が広がる。
大きな石が転がるなかを流れる水は、本来なら下流へと向け勢いよく流れるはずであるが今はその勢いが見られない。
山のふもとから川を見下ろすセシリアは上流の大きな岩を器用に使い水をせき止め、溜まった水で気持ちよさそうにお腹を見せて寝ている大きな蛇を見て女王の言葉を思い出す。
──巨大な蛇、バジリスクの名を聞いたことがあるか? あれは太古の昔から 湖に住んでいるいわゆる主である。
それがある問題を抱え長年住んでいた湖から這い出て川に住み着くようになったのだ。
川で寝ているバジリスクからセシリアは双眼鏡を手にして湖の方を見る。
遠いので小さくしか見えないがそこには白い鳥の体にヘビの尻尾を持つ魔物、コカトリスがトロップフェ湖の周りを跳ねながら回っているのが見える。
遠くて鳴き声は聞えないがトロップフェ湖周辺に住み着き始めたコカトリスが大声で鳴くその声が嫌で、バジリスクがフルーヴ川へ逃げたと推測されている。
「ねえシャルル。ここから攻撃したとしてバジリスクを討伐出来る?」
『力を溜めた一撃を放ち頭を潰せばそれは可能だ』
「でもバジリスクって体内に猛毒を持っているんだよね。そんなのここで倒したら下流へ毒が流れるよね」
『そうだな。アレの持つ毒は強力でかすり傷でも人は死に至ると言う。川へ毒が流れたらその被害は計り知れないであろうな』
聖剣シャルルと会話を交わした後、再びコカトリスへ視線を向ける。
「となるとコカトリスを討伐すれば、バジリスクがトロップフェ湖に戻るかもしれないと言う考えに行きつくわけだよね」
『魔力の大きさもさることながら、コカトリスの持つ毒と石化の能力が非常に厄介かと。現にこの国の兵たちも石化してまい甚大な被害を受けてますから対抗手段のない現状では得策ではないかと思われます』
グランツの言葉を聞きながら視界に入る森や湖の周辺に転がる元人間である石の像を見て唾を飲み込み喉を鳴らす。
『そう言えばコカトリスの住む場所は石化の影響で岩場になると言っておったが、なぜこの森は石化の影響を受けておらんのだ?』
『推測の域を抜けんが、元々住んでいたバジリスクの魔力の影響を受けた森だからであろうな』
アトラと聖剣シャルルの会話を聞きながらセシリアは解決の道を探る。
(コカトリスの石化を予防したり解除するのにヘンルーダの花が必要。ヘンルーダの花はコカトリスの住む区域に咲くらしいけどここはバジリスクの住処であって花は咲いていない……)
調べた知識を思い返しながら考え込んでいたセシリアが後ろを振り返り、一緒について来たシュトラーゼの兵隊長に目を向ける。
「お尋ねしますが、コカトリスがトロップフェ湖に来たのはフォティア火山が小規模な噴火を起こし地震があった後ですよね?」
「はい、三ヶ月ほど前に大きな揺れがあり、それから一ヶ月後水質の低下と水量の低下が確認されていますので、コカトリスが移動しバジリスクが移動する期間を考えればそれくらいではないかと推測されます。
ほどなくしてカニューの大移動も目撃され、我々がバジリスクとコカトリスを確認したのも同じ時期です」
シュトラーゼの兵隊長の言葉を頭のなかで復唱しつつ再び思考に集中する。
(地震によってコカトリスの住処がダメージを受け住めなくなった。そこでトロップフェ湖に来て住み着き始めた。
湖で騒ぐコカトリスにバジリスクが嫌になってフルーヴ川へ逃げたと考えるのが自然か。
問題はコカトリスの住処を修復したとしても、コカトリスにそれをどう伝え帰ってもらうかだよね。それはバジリスクの方も同じだしなぁ……)
悩むセシリアは胸に抱える聖剣シャルルに目をやる。
「ねえ聞くんだけど、シャルルって私と話せるよね。じゃあそれを利用してバジリスクと話すなんてことは出来ない?」
『それは無理だな。こうして我がセシリアと話せるのは契約しているからだ。現にアトラとは契約するまで我とアトラは会話が出来なかったであろう』
「う〜ん、いい考えだと思ったんだけどなぁ……そうだ契約の一歩手前まで持って行けばどうかな? 謎空間で会話できるよね?」
『相手がセシリアと契約を結びたいと思い、血を与えて始めて契約の儀式が始まる。それにバジリスクたちは魔物だ。契約に必要な知能と相手に献上できる魔力の使い方を出来るかは未知数だぞ。
そもそも契約したいと相手に思わせるってことは、契約しなければいけない流れになるわけだ。セシリアはさらにバジリスクとコカトリスを使役するつもりか?』
「うっ……」
剣、翼、影に加えてトサカ、尻尾を加えた自分を想像してしまい首を激しく振ってそれを振り払う。
『だが、あやつらと対話を試みるのは良い案かもしれん。他の魔物と違い長年生きているであろうあやつらなら、そこそこの知能は持ち合わせているはずだから会話は可能かもしれん』
聖剣シャルルがカタカタと音を立てる。
『昔この辺りを旅したとき出会ったことのある魔物、ユニコーンと我は会話したことがある。おそらくヤツの持つスキルは他種族との会話が出来る系だと思われる』
「そんなに凄い知り合いがいるなら早く教えてくれれば良いのに」
思わぬ情報に飛びつくセシリアだが、テンションの上がるセシリアと対照的に聖剣シャルルの鞘鳴りは鈍くなる。
『知り合いか。残念だがその認識は間違っている』
「残念? 間違っている? あっ! 大昔のことだからもう存在してないとか?」
『いいや、壮大な殴り合いの末、我と前の持ち主が勝って追い払った過去がある。ついでに泣きながら捨て台詞を吐いて帰って行くヤツに、次会ったらまたボコボコにしてやる~って煽ってやったのだ』
「さ、最悪だ……」
希望から一転、突き落とされた気分だがそれでも聖剣シャルルの言うユニコーンに頼ってみるしかないと言う考えに至るセシリアであった。