第103話 女王と聖女
セシリアからなかなか離れず涙が止まらないアイーダをなんとか説得して、プルウイ村出発した一行はフルーヴ川にそって北上し王都シュトラーゼへと向かう。
ところどころに固まっているカニューを討伐しつつ、約四日ほどで水郷の都と呼ばれるシュトラーゼの外壁を視界に収める。
水郷の名を持つ王都の真ん中にはフルーヴ川から枝分かれしたロゼと呼ばれる川が流れる。城壁の北東にある魔物の侵入を防ぎつつ川の水を調整する巨大な水門から流れてくる水は、王都のいたるところに流れるように水路が張り巡らされ、その流れも美しくあるように設計された美しき都は見る者をの心を惹きつける。
「はぁ~アイガイオンの王都も栄えていますが、これは何と言いますか美しいですね」
隣に座るラベリがため息まじりに言うのをセシリアは頷いて同意する。
「モールドさんから聞いたけど、北東から南東に向けて低くなっていて水がより綺麗に流れるように設計されているんだって」
「はあ、なんともスケールの大きな話です。高低差があるからこそ小さな滝とかがあるんですね。こういうところの宿って部屋からの眺めなども売りに出来るんでしょうね」
感心したように頷くラベリの前では口をぽかんと開けたまま景色に見惚れるアメリーの姿がある。
「綺麗だよね」
「うん、こんな景色があるって知らなかった。デイジーたちにも見せてあげたいわ」
セシリアが声を掛けると何度も頷きながらアメリーが感動のこもった声で呟く。
「モールドさんたち学者の人たちのなかにカメリャで撮影したりスケッチをしている人たちがいて、記録を取って後から振り返るとすごくいいですよって記録帳もらったんだ。
それから私は日記描いてるんだけどアメリーも日記とか書いてみたらどう?」
「日記? んー続いた記憶がないんだけど」
「あなたそれでも修道院の人なのですか? 日々のお勤めみたいなのがあるでしょうに」
めんどくさそうに言うアメリーにラベリが呆れる。
「旅が終わってデイジーたちに感動を伝えるのにも役に立つし、アメリー自身が思い出を振り返るのにもいいと思うけどなぁ」
「ん~、そう聞くとなんだかやってみたくなるわね。文を書くの苦手だから絵でも描けば続くかも」
「絵日記ってこと? それはいいかもしれないね。アメリーは絵を描くのが得意なの?」
「私ね、字を書くよりも絵を描く方が好きなのよね。結構自信あったりする」
アメリーとのやり取りをしながら、セシリアは自分のポシェットを探り手帳を取り出すと白紙のページを開く。
「アメリー描く絵に興味あるんだけど描いてもらえる?」
「簡単でよければいいけど」
そう言ってアメリーがセシリアから受け取った手帳にインクをつけたペン先を走らせ絵を描いていく。
小さな手帳の白い紙に引かれていく線が形を作り、段々と絵が浮かび上がっていく様子にセシリアが見とれているとアメリーが手帳を握りセシリアに差し出してくる。
「これは……すごい」
「はぁ〜人は何かしら得意なものがあるのですね」
手帳に描かれたシュトラーゼの風景は、清らかに流れる水と町並みの一角を表現しており水の音が聞こえてきそうなほどであった。
流れるように書いた線は水をくむ女性と、その水をひしゃくですくい地面にまく姿まで描かれ人の日常の様子まで表現されている。
セシリアとラベリが感心しているのをアメリーは照れくさそうに笑いながら見ている。
「アメリーって絵に関するスキル持ちとか?」
「う〜ん、スキルは持ってないんだけど。昔から絵だけは得意なのよね」
「なおさら凄いよ! 帰ったら後みんなに見せたら喜ぶと思うよ。アメリーの描くとても素敵な絵、私も見たいもの!」
「う、うん。セシリアがそこまで言うなら日記がてら描いてみようかな」
照れながらそう宣言するアメリーを見て、セシリアは新たな一面を知れたことが嬉しくて笑顔を見せる。
***
シュトラーゼ城の城門から入り庭園を抜ける道に案内されたセシリアは、水の流れる美しい庭園に見惚れる。
花と水の都と呼ばれるメンデール城も綺麗であったが、水を中心に表現された庭園は見た目だけでなく流れる音も心に響き安らぎをもたらしてくれる。
両端に水の流れる階段を上り城の中へと入ると、そのままシュトラーゼを治める女王トリクルのもとへと通される。
ブラウンの髪に白髪が混ざっている女性はセシリアの母よりも年が上で初老と言ったところ。
だが青い瞳は鋭く輝き、その眼光は厳しさを感じさせる。
「そなたが聖女セシリアか?」
眼光に負けない鋭い声がセシリアに向けられる。
「はい、私がセシリア・ミルワードです。世間では聖女と呼ばれている者です」
「頭を上げよ」
ひざまずき頭を下げていたセシリアはゆっくりと頭を上げ、トリクル女王と目が合うとしばらく見つめ合う。
「まずはプルウイ村でのカニューの討伐礼を言わせてもらおう」
伝書用の鳥、ペレグリンによる連絡でセシリアたちが着くよりも先にトリクル女王の耳に入っていたらしく、お礼の言葉を述べられる。
「私は聖女なる存在を信じてはいなかったが、これまで耳にした数々の功績、そしてに入るなりプルウイ村を救う気高き心は本物なのかもしれぬな」
そう言ってトリクル女王が手を叩くと従者が現れ盆を掲げると、セシリアが事前に渡しておいたシズェア王からの手紙を手に取り目を通し始める。
読み始めたときは無表情だった顔が、段々と口角が上がり目が輝きを増していき楽しそうな表情に変わっていく。
「ほう、あの男がここまで人を褒めるとはますます持って興味深いな。どれ」
手紙を畳んで従者の持つ盆の上に載せると立ち上がり、トリクル女王自らセシリアのもとへと近づいてくる。
「綺麗な瞳だ。美しさも然ることながら意志の強さも感じる」
セシリアの顔をじっと見つめたトリクル女王は床に置いてある聖剣シャルルに目を移す。
「それが聖剣。魔族に対抗できる聖なる剣……それがあれば誰でも聖女になれるのか?」
ニンマリと笑みを浮かべ見下ろすトリクル女王にセシリアは聖剣シャルルの鞘を持ち柄を突き出す。
「ええ、なれます。扱えればですが」
聖剣のおかげで聖女と呼ばれてるんだろ? と挑発するトリクル女王に対し、肯定した上でどうぞ手に取って使ってみてくださいよ出来るものならと聖剣シャルルを差し出す聖女セシリアの二人がじっと見つめ合う。
周囲は女同士の言葉で言い表せない圧のぶつかり合いに、誰も口を挟めず黙って事の成り行きを見守る。
「ふっ、はははははっ。女々しく否定するわけでもなく、逆に私を試す物言い。気に入った! どれ、私が城の中を案内してやろう。ついてくるがいい」
トリクル女王が愉快そうに笑うと踵を返し振り返ってセシリアについてくるように言う。
女王の突然の発言に城の兵たちは慌てふためく。そんななか、静かに立ち上がり聖剣シャルルを抱きかかえたセシリアはグランツを足元に従え澄ました顔で女王の背中について行く。
今度はセシリアについてきた軍隊長ボルニアたちがついて行く人数を厳選しつつ慌ててセシリアのあとを追い始める。