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第100話 手ぶらで参加など聖女がするわけありません

 セシリアたちが休憩した川の名はフルーヴ川。その川の流れに逆らって上っていくとやがて小さな村が見えてくる。料理人見習いのテトが補給に向かう予定だと言ったプルウイと言う名の村である。


 元々村出身であるセシリアとしてはどこか懐かしさを感じさせ心落ち着く風景であり、国が変わっても王都以外はどこも同じ感じなんだなと小さな気付きを胸に馬車を降りる。


 プルウイ村へとたどり着いた聖女セシリア一行は、休息と食料や水等の補給のお願いと、近くでキャンプを張る許可をもらいに村長の家を訪ねる。


 アイガイオン王国から離れたシュトラーゼでも聖女セシリアの噂は広まっているようで、一目聖女セシリアを見ようと村人たちが集まってくる。


「とても御綺麗な方」

「聖女様の微笑みを見てるだけで癒やされるわ」

「強くて綺麗な聖女セシリア様は、アイガイオン王国で決まる五大冒険者のさらに上に立つ存在らしいぞ」


 集まった人たちから聞こえてくる称賛の声にセシリアは恥ずかしくなる。


(いつまでたっても慣れないなぁ……)


 人々の視線をなるべく見ないように目をつぶりながら苦笑いをするセシリアの姿は、優しく微笑み凛とした聖女たらしめる姿として周囲に映る。


 村長の家に通されたセシリアは、この度のアイガイオン王国騎士団と兵、冒険者混合軍の軍隊長を務めるボルニアと交渉役の男性が村長とする交渉の会話を椅子に座って横で聞く。


 細かな物資や水の値段交渉が行われるなか、ドアが静かに開き僅かにできた隙間から小さな目が覗いているのに気づいたセシリアは手招きをする。


 しばらくして遠慮がちに開いたドアから顔だけ出した小さな女の子はオレンジ色の瞳でじっとセシリアを見ていたが、セシリアが微笑むと女の子も微笑んで飛び出してきて足もとに駆け寄ってくる。


「これアイーダ、今は大切なお話の時間じゃ。出てきたらいかん」


 村長に怒られ身をすくめるアイーダをセシリアが抱き上げる。


「申し訳ありません。可愛らしい顔が見えたのでつい呼んでしまいました」


「あ、いえ聖女様がよろしければ問題ありません……」


 セシリアの言葉に村長がそれ以上アイーダを責めることができずに恐縮する。そんな村長に対し申し訳ない気持ちになりながらも、しがみついてきたアイーダの頭を撫でる。


「せいじょさま、かにゅーをやっつけにきたの?」


「カニュー? 魔物のカニューのこと?」


「こ、これ! 聖女様大変申し訳ございません。孫娘は覚えたての言葉を繰り返しておりまして……」


 アイーダの言葉とそれに慌てる村長の態度に疑問を感じセシリアは首を傾げる。


「なにかお困りごとでもあるんですか?」


 セシリアが尋ねると口をつぐんでしまう村長だったが、じっと見つめると観念したように下を向き口を開く。


「いえ、その大したことではないのですが、最近魔物であるカニューがこの村に流れる川沿いに大量に発生しまして。いままでこんなことはなかったものですから不安を感じている……そういう話なのです」


「被害は出てるのですか?」


「いえ、今のところはないのですが川の魚や資源で生活している私たちとしては心配の種でして……あ、もちろん国の方へ討伐願いを出してますし、冒険者への討伐依頼も出してはいるのですが国境付近の辺境の地ゆえになかなか返事がないのが現状なのです」


 村長が薄くなった頭をポリポリと掻きながら心苦しそうに話すのを、セシリアは黙って聞いている。


「かにゅーはね、おおっきなハサミをブンブンってして、チョキンってされるから近よっちゃダメなんだよ」


 抱きかかえているアイーダが両手を広げたあと、指でチョキチョキしてセシリアにカニューの恐ろしさを伝えてくる。村の大人たちに注意されたことをそのまま復唱しているようなアイーダの物言いに、可愛らしさを感じているセシリアが頷きながら聞いているとアイーダは嬉しくなったのか再び両手を大きく広げる。


「とーってもあぶないんだよ。パパでも負けちゃうくらい強いからアイーダなんかチョキンってされてしまうの。でもね、せいじょさまはとーっても強いからやっつけてくれるかもっておじいちゃんが言ってたの」


「これ! アイーダ何を言っておるのだ!」


 アイーダの言葉に慌てふためく村長だが、セシリアは得意げな顔のアイーダを見て笑顔になってしまう。


「ボルニアさん、わがままを言ってもいいですか?」


「私はアイガイオン王から聖女セシリア様の望むように動くようにと申しつけられていますから何なりと」


 深々と頭を下げるボルニアにセシリアは微笑み掛ける。


「カニューの身はとても美味しいと聞きます。今晩村の方々が私たちのために宴を開いてくれるのです、一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩義と言う言葉もありますし、手ぶらでとは言うわけにはいかないかと」


「ええ、手ぶらで宴に参加するなどアイガイオン王国の恥となりましょう。偶然ですが手ごろな食材があるとの情報を得たことですし訓練も兼ねて向かいましょう」


 セシリアとボルニアのわざとらしいやり取りを驚いた表情で聞いていた村長が言葉を発する前にセシリアは立ち上がり、アイーダを床におろし立たせると頭を優しく撫でる。


「お姉ちゃんたち、ちょっとだけお出かけして来るね」


「すぐに帰ってくる?」


「もちろん。帰ったら一緒にお話ししようね」


「うん! せいじょさまいってらっしゃい!」


 満面の笑みで手を振るアイーダの頭をもう一度撫でるとセシリアは村長に頭を下げ、ボルニアと交渉人の男を引き連れ家を出て行く。


 立ち去る聖女セシリアの後ろ姿を見送る村長の目には感激の涙が溢れるのである。

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