第99話 セシリア様の魅力に夢中
シズェアから向かうは魔族オルダーが通った可能性のある国シュトラーゼである。
シズェア王からの手紙を持ち向かう聖女セシリア一行は、馬車はシズェアからついて来てくれた従者に手続きを行ってもらい、無事に国境を越えシュトラーゼへと入る。
「とても澄んだ綺麗な川ですね」
川のほとりで休憩しているセシリアが水をすくい澄んだ水を見て感想を述べる。
「シュトラーゼの北側にはフォティア火山があります。大きな噴火こそありませんが今も煙を吐き活動している大きな山に降りそそいだ雨水が、長い年月を経て地上へ流れ出る、つまり自然にろ過された水ゆえにとても澄んでいるのだとされています」
セシリアの隣に水を汲みに来たモールドが説明をしてくれるのを、セシリアは感心しながら聞いている。
「水の美しさは言わずもがなですが、ここ最近は雨量が少なかったのでしょうか。水位がやや低いようにも感じますが」
「そんなことも分かるんですか?」
唇に手を当て川を見ながら呟くモールドの言葉にセシリアは尊敬の目を向ける。
「草の生え際が手前過ぎることと、苔の生えた石が地上に出て乾いていますから、日頃の水位より下がって日が立っているのではないかと推測したのです。ただ上流で崖崩れなどがあっても下流の水位に影響を及ぼすでしょうし雨量だけの問題ではでしょうが」
騒がしい人が多いなか、モールドのように落ち着いて博識な大人と会話することはセシリアにとって落ち着く時間となっていた。
しばらくシュトラーゼの国のことを聞きながらのんびりとときを過ごす。
川の中を泳ぐ魚を眺め首を動かすグランツが、我慢できなくなって水辺を何度か突っついて水しぶきを上げる。そんな様子を見て和むセシリアのもとに給仕の男性がやって来る。
「セシリア様、お茶の準備ができました」
「すぐに向かいます」
セシリアはモールドをお茶に誘い向かうと、ラベリとアメリーと合流して用意されたテーブルと椅子へ座る。
「本日のスコーンは産みたてのグワッチの卵を使用しております。こちらは先日シズェアから頂いたビーナの蜜です。ぜひつけてお召し上がりください」
給仕の説明を聞きながらセシリアは視線を斜め上に向け何かを考えたあとグランツを見る。
「産みたてのグワッチの卵……どっかで聞いたことがあるような。そうだ、この旅について来て下さっている料理人の方々への挨拶がまだでした。お茶のあと案内をお願いできますか?」
セシリアの提案に驚きつつもとても喜んだ給仕の男性は、聖女セシリアの言葉を伝えに戻って行く。
「セシリア様が挨拶に行くと言う話がアイガイオン王国で噂になってましてな、貴族の間でも真似をする人たちが増えているそうですよ」
モールドがカップをソーサーに静かに置くとどこか嬉しそうな表情でセシリアに話題を振る。
「セシリア様の行動を真似をするのが貴族の間で流行っているそうです。流行りというと軽い感じがしますが、私はこのままセシリア様の気高き精神が貴族たちに根付くのではないかと期待してます」
「私はそんな気高き精神とか持っていないのですが」
「そのような謙虚なところが人々を魅了して止まないのでしょうな」
目を細めて頷くモールドに、素直に褒められてセシリアは恥ずかしくて下を向く。
「そうです! 私のセシリア様はとてもお優しくて魅力的なお方なんです!」
「なんであんたのセシリアになってんのよ!」
セシリアの左右に座るラベリとアメリーの言い合いが始まり、いつものごとくセシリアはため息をついてしまう。
***
グワッチを抱えたまま少年は固まる。いや、正確には目の前に現れた聖女セシリアに釘付けになる。
「あれ? テト。久しぶり」
「お、覚えて下さっていたなんて、こ、光栄です!」
ガチガチに固まって返事をする少年テトは、以前吸血鬼であるヘルベルト討伐の際に食事を作る料理人集団の一人としてついてきたのである。
そして、そのとき連れて来ていたグワッチが今のグランツである。
「忘れてないよ。少し背伸びた?」
セシリアがテトの頭に触れ微笑むと、テトは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。セシリアに恥ずかしがるテトをラベリとアメリーが見てニヤけている。
「いつも美味しい食事をありがとう」
「お、おれっいえわたしは作ってなくて、雑用しかしてないんで」
セシリアがテトの頭に置いていた手で撫でると、テトは真っ赤な顔で首を横に振るセシリアを見上げる。
「ちゃんとテトも料理に関わっているんだからお礼を言うのは当然」
セシリアの言葉に喜びに満ちた表情で見つめるテトは、嬉しくて仕方ないと言った様子で体を揺らしている。
「こ、このあとプルウイって村に寄って食材を買う予定なんですけど、おれも一緒に行って手伝うんです」
「へぇ~凄い。もしかしてテトは目利きとかできるの?」
「ちょ、ちょっとですけどできます」
「本当に凄いね」
セシリアに褒められ恥ずかしそうにテトは笑う。
「セシリア様は誰からでも人気がありますが、少年に対してはいつも以上に破壊的魅力を放つのですね」
「セシリアって長女だからなのか年下の子の面倒見がすごくいいのよ。うちの子たちにもすごく好かれてるんだけど、あの優しい接し方は男の子には刺激強いのかもね」
ラベリとアメリーがセシリアとテトのやり取りを感心しながら見つつ言葉を交わす。
「挨拶に伺いたいから料理長のところへ案内をお願いできる?」
「任せてください!」
セシリアの手を引いて案内を始めるテトの喜びに満ちた表情、そして動きは聖女セシリア守る小さな騎士のように自信に満ちあふれている。
少年の心を惹きつけてやまないセシリアにラベリとアメリーは感心しながらついて行く。