第95話 全てを見透かす聖女セシリア様
最近オグマァが出現したビーナ牧場までシズェア王が用意した馬車で移動したセシリアは、牧場主の説明を聞きながら被害現場を視察する。
「オグマァ以外にもビーナの蜜を狙う魔物はいますから、その対策として魔物が嫌うお香を焚き、周囲には触れると衝撃を与える魔力の込められたロープで囲っているのですがそれらを攻略してくるのです」
「攻略? 破壊するとかじゃなくてですか?」
牧場主の言い方に違和感を感じたセシリアが尋ねると、牧場主は本当に困っているのだろう大きく肩を落としセシリアを現場へと案内する。
「お香の方は鼻を摘まんで蹴って破壊しているところを見ました。ロープに関しては初めは杭ごと引き抜かれていましたので、杭を持てないようにぐるぐる巻きにしたら今度は人が通る建屋の玄関を破り、建物の中を通って牧場へと侵入するようになりました。鍵を頑丈にしても窓を破ってきますしもうどうしていいか……」
悔しくて悲しいのだろう、牧場主の目に涙がにじむ。
「それに初めは人がいなくる夜に忍び込んでいたのですが、群れを成すようになってからは人がいる昼にやってきて襲うようになったのです。
むしろ昼の方が人がいる分侵入しやすいと好んでくるので、従業員も怖がってしまって仕事にならないのです」
ここまで一通り説明を聞いたセシリアが考え込む。周りからは一人で考えているように見えるが実際は頭のなかでの会議にのぞむ。
『わらわは森での生活が長かったからオグマァについては知っておるが、そんなに頭のいいヤツではないのじゃ。食べて寝るそんな単純なヤツしか見たことないのじゃ』
『力だけでなく、知能も高いな。グランツなに感じれるか?』
オグマァに破壊された現場をスンスンと嗅いでいるグランツは羽根を逆立てる。
『基本同じ魔物の臭いしかしませんが、ところどころに異質な魔力の臭いが混ざっています。例えるならアトラの『魅了』を使ったときのような甘い香りでしょうか』
セシリアがグランツを見て首を傾げる。
「甘い香り……そう言えば前にグンナーさんが魔族の人に操られる前に甘い香りがしたって言ってたような気がする」
セシリアはそこまでを口にするとロックの方を見る。
「ロックさん、前のアントン討伐のとき兵隊アントンの行動、そして女王アントンの力が異常に強かったと言ってましたよね?」
「ええ、アントンの体がいくら硬いとは言え俺の槍が通りにくく、腕力もなかなかに強かったと記憶してます」
ロックの答えを聞いたセシリアは頷くとロックとミルコを見る。
「この一件、もしかしたら魔族が関わっているかもしれません。慎重にいきましょう」
その言葉にロックとミルコ、その他の兵や冒険者たちが驚きの表情を見せる。
「セシリア様、先程シズェア王も言っておられましたが、魔族が関わっていることも予見されていたのですか?」
「そんなわけありません、偶然ですよ」
ミルコ問いに首を横に振って答えたセシリアはグランツと共に歩き始める。
本当に偶然なのだが、ロックやミルコをはじめみんなは聖女セシリアが謙遜し自分の功績を偉ぶることをしない人だと知っている。「本当は知っていてるんですよね。知ってますよ」と言わんばかりに尊敬の眼差しを聖女セシリアへ送る。
そんな視線を受けているとは思わずセシリアはグランツの魔力感知能力を頼りに先に進む。
ビーナ牧場から森へ入って迷うことなく進むセシリアについて行くみなは、普通の人は感知できない魔力の痕跡を探る姿に感心し、足もとを歩くグワッチの頭を撫でる姿に癒されながらついて行く。
『セシリア様、魔物がいます。おそらくオグマァだと思われます』
「止まってください。魔物がいます」
グランツの言葉を聞いてセシリアが足を止め背中を向けたまま手を広げ、ついてくるロックやミルコたちに止まるように注意を促す。
待ち伏せして奇襲をかける予定だったのか、歩みを止めたセシリアたちに鼻筋にしわを寄せ苛立ったような表情をした二匹のオグマァが左右の木の陰から現れる。
「ここはお任せを」
セシリアの前に出たロックとミルコが槍と拳を構える。
「お願いします」
セシリアが後ろに下がったのを皮切りに二匹のオグマァが地を蹴り突進してくる。
一匹のオグマァの前に立ちふさがるロックが、オグマァの弱点である鼻先を槍頭の側面で叩くと、叩かれたオグマァは鼻を押えこけてしまう。
こけたオグマァの四肢に一直線に閃光が走り最後に胸元に槍が突き立てられるとオグマァは動かなくなる。
もう一匹のオグマァの突進を真正面から受けたミルコにオグマァが目を見開き驚きの表情を見せたのも束の間、ミルコがオグマァの両足の間に足を入れ足払いをするとバランスを崩されてオグマァは背中から地面に倒れる。
倒れたオグマァに飛び乗りマウントを取ったミルコが拳を連続で振り降ろしオグマァを討伐する。
オグマァを一瞬で討伐する五大冒険者の二人に周囲の兵たちに湧き上がる喜びの感情を口にする前にセシリアの声がそれを制す。
「囲まれています! 全員警戒を怠らないでください」
姿は見せていないが周囲に現れた気配で自分たちが囲まれていることを知る兵や冒険者たちは、全てを見抜く聖女セシリアに感動する。
(あぁヤバいなぁ。当たりっぽいんだよね?)
『ええ、魔族の匂いがします。おそらくこの間出会ったメッルウと名乗った者かと』
強くなった魔族の気配をグランツから知らされ心の中で焦るセシリアだが、それを見せないことが聖女セシリアの最大の武器であることも理解している。
聖女セシリアであることがこのピンチを乗り切る最善の方法であることを自分に言い聞かせ、ロックやミルコ、その他の人たちを一通り見渡す。
「みなさん申し訳ないですが私を守ってもらえますか? オグマァのボスを討伐をしますので力を貸してください」
囲まれ状況でも焦ることなく、本当に申し訳なさそうに聖女セシリアから可愛く頼まれたら男たちは奮闘するしかないのである。