第94話 これはお菓子を守る戦いでもあるのです
白を基調としたシズェアの城は日に光に当たるとより一層白さを際立たせ、目を細めないと直視できないほどの輝きを放つ。
歓迎ムード一色の町の中を馬車で抜けたセシリアはシズェアの城の中へと入り、王のもとへ案内される。
「久しいな。アイガイオン王は息災か?」
「お久しぶりです。お気遣いありがとうございます。御蔭様でアイガイオン王はお元気に過ごしております。シズェア王もお元気そうで何よりです」
「うむ、聖女セシリアも長旅ご苦労であったな。今宵は宴を準備しているゆえ存分に英気を養い魔王討伐へ向けてくれ」
「何から何までお気遣い頂き感謝致します」
シズェア王の言葉に挨拶を返し、その後二、三言言葉を交わすセシリアの姿を見たミルコをはじめた兵や冒険者たちは改めて、一国の王と会話できる聖女セシリアの凄さを肌で感じる。
「そう言えば、こちらに向かう道中シズェア産のビーナの蜜を使ったクッキーを口にする機会があったのですが……」
セシリアがここまで話したところで、段々とシズェア王の顔が曇ってくるのを感じ、この話題は口にしてはいけなかったのではないかとセシリアは後悔する。
だが、途中で話を切るわけにもいかないので、セシリアは適当に話しを切って次の話題を振ることにするため味の感想を伝えることにする。
「甘い味が口に広がる感覚がこれまで……」
「そうか、さすがは聖女と言ったところだな」
セシリアの言葉を遮ったシズェア王は、苦笑いとも取れる表情を見せつつセシリアには尊敬の目を向ける。
「そうだ、これまでとは違い味の質が落ちているのだ」
(え? めちゃくちゃ美味しかったんだけど。というかシズェア産のビーナの蜜は初めて口にしたから品質落ちたのなんて知らないんだけどなぁ)
眉間にシワを寄せ神妙な面持ちで首を振るシズェアの王を見ながら、思わぬ方向に話が進み始めセシリアは焦るがとりあえず話を合わせることにする。
「ビーナの蜜の品質を落とす原因があるのですか? 例えば魔物など……」
「そうだその通り。ビーナの蜜を好む魔物である、オグマァが現れビーナ牧場を襲い大きな被害が出ているのだ」
この王様、人の話を最後まで聞かない人だなと話の途中で割り込まれることに苛立ちを感じながらシズェア王の方を見る。
目と目が合ってしまい、逸らすわけにもいかずじっと見つめること数分、シズェアの王が目をつぶってため息をつくと眉尻を下げ参ったと笑う。
「それすらも見抜いていた……そう言うことか」
(いや、どう言うことだよ)
勝手に納得して感心するシズェアの王に対し、思わずセシリアは心の中で突っ込みを入れてしまう。
「失礼ですが、シズェアにも腕の立つ冒険者や兵士の方はいらっしゃるでしょう? オグマァは強力な魔物かもしれませんが倒せないほどの相手ではないかと」
セシリアの問い掛けにシズェア王は首を横に振る。
「あのオグマァは普通のヤツとは違い、力も防御力も桁違いなのだ。それに本来群れないはずなのに数頭のオグマァを引き連れ群れでビーナ牧場を襲うのだ」
セシリアはシズェア王の言葉を聞いてふとアントン討伐のときのことを思い出す。
(そう言えばあのときも異常に巣の作るスピードが速くて、アントンの行動にも通常の生態とは違う点が多かった。今回も通常のオグマァなら取らない行動を取るのは偶然じゃないかも)
アイガイオン王国内で起きている魔物の生息地の変化や、これまでには見られなかった行動をする個体がいることを知っているセシリアはオグマァにも関連性があるかもしれないと考える。
『セシリアよ、魔物の不審な行動を調べてみてもいいかもしれんぞ』
セシリアが頭のなかで響く聖剣シャルルの声に頷いて答えるとシズェア王へ目を向ける。
「シズェア王、こちらに遊戯語で書かれた文献や碑はありますか?」
「あ、ああ。見つけておいた文献は書物庫へまとめ、碑の場所も案内できるように手配している」
「では、そちらへは遊戯人であるニャオトと学者たちを案内していただいて、私は問題となっているオグマァをどうにかしたいと思います」
セシリアの言葉にシズェア王が目を丸くし驚く。
「聖女セシリアは魔王討伐に向かっているのであろう。オグマァの件は……」
「魔王と無関係と言うわけではないかもしれません。それにたとえ無関係だとしても、美味しいビーナのお菓子が食べれるなら無駄にはならないでしょう。なによりも私が本来の品質のお菓子を食べてみたいですから」
そう言って可愛らしい笑みを浮かべるセシリアを見て、シズェア王を含め周囲の兵たちも、心臓の鼓動が速くなり顔がほんのり熱くなるのを感じてしまう。
「ミルコさん、ロックさん。お疲れのところ悪いですがオグマァの調査と討伐への同行をお願いしてもいいですか?」
セシリアが背後の左右に控えるミルコとロックにお願いすると二人とも立ち上がり当然ですと、気合の入った顔で熱い視線でセシリアを見つめる。
二人に微笑み返したセシリアはシズェアの兵士の案内でオグマァが最近目撃された場所へと向かう。
あわよくば夜の宴をサボりたいなぁ、そんなことを聖女が思っているとは知らず、その場に居合わせた誰もが聖女セシリアへ感服の気持ちが込められた視線を送る。