第1話 夢と希望の王都へと
サトゥルノ大陸の南東に位置するアイガイオン王国。小国を含めると三十はある国々の中でも最も大きく栄えており、経済、武力共に優れている強国である。
尚且つ平和国家を宣言し、その宣言通りに各国の調和を図る有言実行してみせ、三百年近くにもわたる平和を築き上げた実績も相成って多くの人が集まり益々栄える。
だが、人同士の争いこそアイガイオン王国によって統治されているが、人ではない魔物はその限りではない。
平原、森、海、川や池、洞窟とどこにでも湧く魔物たちは人の生活や経済を脅かす存在として恐れられていた。
恐怖の存在に対抗すべく立ち上がったのが、人の中でも高い戦闘力を持ち更にはスキルといったものが使える者達である。
彼らは国の騎士団、あるいはフリーの傭兵として魔物に立ち向かい人々の平和を守っている。フリーの傭兵の中でも庶民の依頼を主にこなし、戦うだけでなく日常の雑務までも幅広く手掛ける人たちのことを親しみを込め『冒険者』と呼ぶ。
そんな冒険者の中の一人であるセシリア・ミルワードは今、右手に緑の草を持ち、銀色のプレートアーマーをガチャガチャと鳴らしながら草原を駆けている。
銀色の長い髪を後ろで束ねて、尻尾のように生える髪を激しく揺らしながら走る彼は、隣を走るクリーム色のロン毛をたなびかせる赤い鎧の男に向かって怒鳴る。
「おいおい、嘘だろっ! ミルコてめえ何が薬草取ってくるだけの簡単なお仕事だよ!」
「俺だってシュトラウスの巣があるとか知らねえよ! とりあえず一本でも取れたんだ。納品するため死守しろよ!」
「うっせえよ! 俺の剣は折れたし、こんな草一個守ったところで今更どうなるってんだよ!!」
「喋るな! 後ろから来てるぞ!」
「まじで! 嘘だろ!? どうすんだよ」
「どうするって逃げるしかねえだろ!」
文句を言い合う二人の後ろからダチョウによく似た足の長い鳥、シュトラウスと呼ばれるモンスターたちが土煙を上げながら走って追いかけてくる。
ケーーーン!!
一匹のシュトラウスは地面を蹴ると大きく跳躍し飛行能力はないが、バランスを取るため発達した羽を広げ長い足を伸ばし地面すれすれを滑空しミルコを蹴る。
鈍い音を立てたミルコはシュトラウスに蹴られボールのようにはるか彼方へと飛んで行ってしまう。
「げっ! シュトラウスの飛び蹴りかよ。ってまずい!?」
飛んで行ったミルコの心配する間もなく、シュトラウスは再び地面を蹴り宙へ飛ぶと、飛び蹴りの姿勢を見せる。
鳥とは思えない太い足と鋭い爪が放つ蹴りは容赦なくセシリアに迫ってくる。
「町までもう少しだってのによおっ! 王都に来て二日目でこれとかあんまりだろぉ!!」
セシリアは遠くに見える町を守る城壁のシルエットを見て悔しそうに叫ぶ。
大きな物体が空気を押し退け落下してくる音を背中に感じながら、襲いくるであろう衝撃に身構える。
背中にハッキリとシュトラウスの足が触れた感触を感じるが、思ったほどの衝撃はなくむしろ気配は遠ざかる。
といっても蹴られたことに違いはなく、セシリアは派手に地面を転がり、近くの岩にぶつかってしまう。
「あいたっ!?」
頭を打ち上下逆さまになった視界に、白銀の鎧を身に纏う金髪の青年が立ち、白銀の剣を一振りし先ほどまで襲い掛かって来ていたシュトラウスが真っ二つに断ち切られる瞬間が映る。
唖然とその様子を見つめていたセシリアに青年が手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
白い歯を見せて爽やかに笑う青年にひっくり返えったまま、コクコクと頷くと、手を取り起こしてくれる。
「薬草を取りに来たのですか? 最近草原にシュトラウスが住み着いたせいで危険ですから大変だったでしょう。それよりもお怪我はありませんか?」
「あ、大丈夫です……。あの、ありがとうございます」
「いいえ、当然のことをしたまでです。一人で帰れますか?」
セシリアは手足をパタパタと動かし自身の体に異常がないかを確かめる。
「はい、怪我もないですし大丈夫です」
「それは良かった。送って差し上げたいところですが、残念ながらこのシュトラウスどもを押さえなければいけません。町までもうすぐですのでお気を付けて」
「あ、あの知り合いがシュトラウスに吹き飛ばされて。赤い鎧を着た少年なんですけど」
「なるほどそれは大変だ。私が探しておきますから一先ず先に帰って休んで下さい」
青年は歯をキラリと光らせ、颯爽とセシリアを追って来た別のシュトラウスへ剣を掲げ向かって行きセシリアの元を離れる。
「やっぱ王都の冒険者は違うな。強いだけでなく余裕があるっていうか紳士的だ」
セシリアは未だ戦闘中の青年の背中に尊敬の念をおくりながら、手に握りしめた薬草を手に王都の中へと向かうのだった。
セシリア・ミルワード、年齢十五歳の少年である。身長は一五六センチ、腕も細く母親譲りの顔立ちと長い銀色の髪。父親から受け継いだ紫の瞳。
村の風習で髪を伸ばしているとはいえ、線の細さと大きな瞳などの容姿から出身地であるメトネ村でも女の子っぽいと馬鹿にされることがあった。
それらへの反発もあって十三歳で冒険者となり村を中心に活動、それなりに実績も積んだと判断し、両親の反対を押し切り村で仲の良かったミルコと王都アイガイオンに出てきて二日目の出来事だった。