始まりのワンオラクル2
コンビニにつくと、店の前で所在なく待っていた乃愛がいた。
「無事だったか」
僕は自転車を止め、バットを立てかけると、ほっと一息つく。
「当たり前でしょ。家も見えているのに、こんなところで刺されたりするわけないでしょ」
乃愛が指差す先に、高層マンションが見える。
「そこの公園で、ブランコに乗りながら話するとか恋人っぽくない?」
「ダメだって、その公園が一番怪しすぎる」
目の前の公園も極端に見通しが悪いわけではない。普段だったらそこまで気にしないが、今日はちょっとした茂みも気になってしまう。
とりあえず勢いだけでやってきたものの、これからどうすればいいのだろう。
バットは持ってきたものの、僕は運動もろくにできない。
「とりあえずどうしたものか」
「凪流といえば占いでしょ。占ってみてよ」
「そうだね」
やっぱりそれしか僕にはできない。
僕はポケットを探った。
「タロット忘れてきた……」
「何してるの。ドジね」
「慌てて出てきたから」
「心配してくれたんだ」
「そうだよ」
「ふーん」
心なしか嬉しそうに見えた。
「コンビニにトランプ、売ってないかな。小アルカナは代用できるかも」
「アルカナってなに?」
「タロット占いの種類だよ。大アルカナと小アルカナっていうのがあってね。小アルカナはトランプみたいに4つのマークと数値を使うから代用できるんだよね」
でも、やっぱり普段から大アルカナの方がよくやってるだけあってイメージがわきやすい。
トランプは絵柄がないから、マークと数値だけでちゃんと意味を覚えておく必要がある。
大丈夫だとおもうけど、したことはないからあまり自信がない。
僕は、話しながら、もう一度ポケットを探った。
「……ああ、もう。財布も忘れた」
「トランプぐらい買ってあげるわよ」
「ごめん。今度お金返すから。お願いしていい?」
「別にトランプ代ぐらいいいわよ。私のために占ってくれるんでしょ」
とりあえず公園などが危険地帯かどうかを占って、日付変わったら、もう一度乃愛の運勢占いをしてみよう。
僕らがコンビニに入ろうとすると、公園の方から、人影が出てきた。
僕は一瞬身構えたが、見知った顔で安堵する。
人影は宏隆だった
「よかった。宏隆いいところに、この辺に不審者とかうろついてなかった?」
僕が声をかけても返事がない。
もしかして怒っているのだろうか。
それはそうか。僕はなに普通にいつも通り声をかけてるんだ。
乃愛と僕が付き合っていること宏隆の耳にも入っているだろう。
無駄かもしれないが急いで弁解しないと、
「もしかして、僕と乃愛が付き合ってるって聞いたのか。そのことなんだけど」
「付き合えるかどうか、占いとか関係なしに無理っていうはずだよな。お前が彼氏だったんだから」
声のトーンがいつもよりかなり低い。
間違いなく怒っている。
「告白されたのは、今日だよ」
「嘘をつくな。みんな前から付き合ってたって言っていたぞ。それにお前から告白されたって」
僕は乃愛をにらんだ。
乃愛は目をそらす。
こいつ自分に都合がいいように噂流しやがったな。
数時間でどれだけ情報が流れてるんだよ。
占いだって色恋沙汰が人気だから、みんなその手の話は大好きだからしょうがないけど。
こうなってしまったら、僕が言い訳してもしょうがないだろう。
素直に話して、謝るしかないか。
「確かに悪かったよ。ごめんな。けど、今はそれどころじゃないんだよ。乃愛が不審者に狙われてて……」
そこまで話して僕は、ようやく宏隆が握っているものに気がついた。
宏隆の手には包丁がにぎられていた。
「なあ、それって?」
僕は、後ずさりしながら、宏隆に聞く。
さすがにこんなところで料理をしたりしない。
バットは自転車に立てかけたままだ。
よくかんがえれば、なんでこんなところに宏隆がいるんだ。
家はこの辺りじゃなかったはずだ。
まるで誰かをストーカーしてるみたいに。
僕がゆっくり一歩下がると、
宏隆は包丁を両手で構えた。
「凪流、お前は、なにもかも邪魔しやがって」
宏隆は、サッカーで鍛えた足で踏み込んできた。
僕が反応する前に、包丁が僕の腹に突き刺さっていた。
「きゃああああ」
乃愛が叫び声をあげる。
僕は腹に仕込んだのが、週刊誌で、月間誌にしなかったことを後悔した。
包丁の先端が腹に刺さっていてものすごく痛い。
僕はとっさに手をつかんで抵抗する。
これ以上押し込まれたら死ぬ。
「俺はそこの公園で、告白するつもりだったのに」
「こんなもの持ってかよ」
「振られたら、刺し殺すつもりだったのに」
「冗談だろ」
もうすでに冗談ですまない状況になっている。
宏隆はふらふらしながら、なのに包丁だけはしっかり握りしめて僕に言う。
「そのあと俺も死ねば、乃愛ちゃんは俺の物だよな」
「そんな馬鹿な話はないだろう……」
「同時に死んで一緒に来世をやりなおせばいい」
焦点の合っていない目で見つめられて、僕は恐怖した。
「来世なんかあるわけないだろ」
僕の占いでも来世なんか見通せない。
転生物の小説でも見すぎなんじゃないか。
そんなものを信じるなんて馬鹿げている。
「よく考えたら、お前さえいなくなればまだチャンスはあるよな」
「あるわけないだろ。人に刃物向けるような奴を誰が好きになるんだよ」
「それは綾霧さんに聞かないとわからないだろ」
ナイフを突きつけて、付き合ってくださいといえば、首は縦にふるかもしれないけど、それで本当にほしいもの……乃愛の心が手に入るとは思えない。
「ミュージシャンになるんじゃなかったのかよ」
「ミュージシャンになったぐらいじゃ、付き合える保障はないんだろ」
「それはそうだろ」
どんな有名ミュージシャンだって、嫌いな奴はいる。
どんな人間にも絶対好かれる方法なんて存在しない。
「運命を変えるには、ぱっと思いつくような、普通のことではいけないといったのはお前だろ」
確かにこんなに常識はずれなことをすれば未来も変わる。
綾霧さんは無理でも、他の女の子にモテる未来がなかったことになるだろう。
みんな、自分が思い描いた百点満点の未来を手に入れることができるわけではない。
僕と宏隆が押し合いをしていると、コンビニ店員のお兄さんが宏隆を後ろから羽交い締めにしてくれた。
コンビニの警報ランプもついている。
多分じきに警察がやってくるだろう。
お兄さんは柔道でもやっていたのか、宏隆が完全に動けないように抑えこんでいる。
宏隆はもう抵抗していない。
僕はお腹が痛くて、道路にうずくまって倒れた。
乃愛が駆け寄ってくる。
「凪流、大丈夫なの? 死なないでよ。ねぇ」
乃愛が耳元で騒いでいる。
お腹が痛いのは痛いけど、死ぬほどではない。
一番痛いのは、こころの方だ。
僕が乃愛に介抱されているのを、
羨ましそうに宏隆の虚ろな目が見ている。
ごめんな。
お前がここまで追い詰められているって気づいてやれなくて。
僕がもっと立派な占い師で……。
もっと占いの結果をうまく伝えられたら、
こんなことにはならなかったのだろうか。
◇ ◇ ◇
腹はものすごく痛かったが、実際は、表面を少し切っただけだった。
本当に雑誌さまさまである。
警察になんで腹に雑誌を仕込んでいたんだと聞かれたら、彼女が不審者に狙われているかもって言ってて念のためと説明したら、すぐ納得してくれた。
まさか不審者が自分の親友だと思わなかったが。
僕は一応病院にいったり、警察に事情聴取を受けたりとなんやかんやしているうちに、ようやく登校できたのは、終業式だった。
宏隆に刺されたというのは、すでに知れ渡っていた。
本結さんは僕のこと心配してくれた。
だけど僕の心配よりも、宏隆が刺したなんて信じられないと詰め寄ってきた女の子の方が多かった。
この子たちも僕には十分かわいいと思ったけれど、宏隆は妥協できなかったのだろう。
乃愛が告白の断り文句で使う『他に好きな人がいる』というのは、僕のことであることは結構みんな知っていたようで、宏隆も知っていたらしい。
乃愛のことをよく見ていた連中のあいだでは、乃愛が僕のことをよく見ているのは明らかだったようだ。
宏隆がよく話しかけてくるようになったのは、二年生になってから。
お前はモテて羨ましいともよく言っていたし、よく彼女作らないのかと聞いてきていた。
多分、僕が乃愛以外の誰かと付き合えば自分にワンチャンあると思っていたか。
僕を接点に乃愛と話したかったか。
どちらかか、もしくは両方だったのだろう。
僕をだしに使うのは、別にいい。
どんなに努力したところで、好きな人の心が手に入らない失恋の心苦しさはわからなくもない。
一発殴られるくらいは構わない。
けれど、刺すのはさすがにないだろう。
あんまりだと思う。
終業式が終わった後の教室で乃愛と話した。
「結局、刺されたのは私じゃなくて凪流だったわね。どういうことなの? 占い当たらなかったわけ」
「僕の占いはよく当たる。だけど、占いの結果を元に行動すれば、運命は変えられる。たとえば、告白したら振られるという未来が見えたとしても、告白しないことにしたら、付き合えることもないけど、振られることもないだろう。今回、僕は元々乃愛と付き合うつもりはなかったのに、乃愛が死ぬという占いの結果を見て、付き合うことにした。その結果、宏隆が乃愛を殺すことを決意したんだよ。今度はその殺人を起こそうとしていた場所に本来いないはずの僕がいたことによって殺意が僕に向いた……ということだと思う」
ただ占いは占ったときの結果しかわからない。
なにがどう影響したのか、本当のところは僕にもよくわからない。
「宏隆のやつまともな人生歩めるんだろうか」
「自分刺した奴のこと心配してるの?」
「一応、僕は友達だと思っていたし、ただ二度と会いたくないのも確かだよ。乃愛も気をつけなよ。占いでももう宏隆が刺してくることは無さそうだけど、他にも似たような奴がいるとも限らないし」
「心配してくれるのね。刺されたのは凪流なのに」
「まあ、一応ね」
「そういえば、お礼もまだだったわね。凪流、守ってくれて、ありがとう」
お礼を言う乃愛の笑顔がいつもよりまぶしくて、僕は目をそらした。
「乃愛を守ってくれたのは、コンビニのお兄さんだよ」
僕が倒れたら、次は乃愛だったかもしれない。
乃愛がその場しのぎの言葉を言えたとも思えないし。
「凪流が、最初に身をていしてくれたでしょ?」
実際そんなかっこいいことではない。
最初の標的が僕になった。
ただそれだけだ。
だけど、お礼を言われて悪い気はしない。
思ってたより、素直なんだなと思ったことは秘密にした。




