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第九十九話 思ってたのと違う

 すずの家は普通の一軒家だった。

 インターホンを鳴らすと一人の少年が出迎えてくれる。


「……でっか」

「こんにちは」


 第一声は俺の身長に対するモノ。

 つま先から頭のてっぺんまで舐めるように見られて居心地が悪い。

 そんな少年に脇から凛子先輩が顔を出す。


「弟君久しぶり~」

「凛子さんじゃないですか。今日はねーちゃんのお見舞いですか?」

「そうそう。上げてくれるかな?」

「どうぞ」


 家の中にあげてもらうと、まずリビングに散乱している衣類が見えた。


「汚い家ですみません。何度言ってもあの馬鹿、服脱ぎ散らかすのやめないんで……」

「君が謝る事じゃないわよ。心中お察しするわ」


 そう頷いたのは姫希だ。

 彼女は顔を顰めながら服をつまみ上げる。

 すずが着ていたものだろう。


 俺達を案内する弟君は顔が疲れていた。

 落ちている服を蹴飛ばしながら歩いて行く。


「ここがねーちゃんの部屋です」


 階段を上って部屋に着いたので、俺達は中に入ろうとする。

 しかし、弟君は首を振って止めた。


「普通に入ろうとしてますけど、あなたは一体何なんですか?」

「は?」


 そう言われて俺は困った。


「凛子さんやあきらさんや姫希さんは、同じ女子バスケ部のメンバーだって知ってますけど、あなたは誰なんですか? 流石に得体の知れない男の人を、姉の寝室に入れるわけにはいかないんですけど」


 やけに警戒心の籠った目で見られる。


「俺は女子バスケ部のコーチをやってる。別に怪しい者じゃない」

「怪しい奴は大体怪しくないって言うんです。ていうか何なんですか、男子が女子バスケ部のコーチって。そもそもあなたいくつですか?」

「高校一年だけど」

「はぁ!? 同い年がコーチ? その年ならもっとやるべきことがあるでしょう? そもそも何を教えているんだか」

「……」


 だんだんと目つきがおかしくなってくる少年に、周り三人の女子が苦笑を漏らし始める。

 と、そんな時だった。


「おい、人が寝てる時にうるさい。……ってあれ、しゅうき」


 扉がガチャッと開き、中からすずが出てきた。

 眠そうに目を擦りながら、ふにゃっとした笑みを浮かべる。

 そしてそのまま抱き着いてきた。


「会いたかった……」

「ちょ、おい!」


 放そうと咄嗟に腰を掴んだが、そこで違和感を覚え、そして思い出す。

 こいつ、下を履かないタイプの人間だった……!

 すぐにどういう状況か理解し、俺は顔を背けながら密着を拒否。


 しかし、俺たちを他所に大声がその場を襲った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ねーちゃん何してんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 弟君の悲痛な叫び声が廊下に響き渡った。




 ◇




「すずの弟君は重度のシスコンなんだよ」

「なるほど」


 少年の取り乱し方は異常だった。

 そもそも、部屋に入ろうとしてからの俺への詰め方もおかしかった。

 シスコンか、なるほど。


「愛されてるな」

「あいつキモい。それにシスコンじゃない」


 不快そうに顔を歪めるすずを見ていると弟君が不憫になる。

 あれも一種の愛だ。そう邪険にしなさんな。


 と、ベッドに腰を掛けているすずに買ってきたプリンを渡すあきら。

 そんなあきらを、すずは変な顔で見つめる


「……思ったのと違う」

「どうかしたっ? このプリン嫌い?」

「違う。すずはてっきりしゅうきだけがお見舞いに来てくれると思ってた。二人っきりだと思ってた」

「あはは、僕らは邪魔者だったかな?」

「邪魔じゃないけど、むぅ」


 若干火照った顔で唸るすずに、俺も照れ臭いやらなんやら。


「じゃあ僕らは帰ろっか」


 気を遣ったのか、凛子先輩はそう言って立ち上がった。

 しかし何故かあきらが慌て出す。


「二人っきりはちょっとアレじゃない? 女子高生の寝室だよっ?」

「ん? 何度も二人っきりでお泊りしてるあきらがそんな事言う?」

「そ、それはそうですけど……」

「まぁいいんじゃないかしら。普段ならまだしも、熱の時に大人数で居られても邪魔でしょうし」

「姫希までっ!?」

「そもそもの話だけれど、あの弟君がいたらすずも何もできないでしょ」

「でも……っ」


 一人だけおかしな態度のあきらに、他女子三人から視線が集中する。

 よくわからないが、俺もあきらを見た。

 と、その視線に耐えられなかったのかあきらも立ち上がる。


「わ、わかった。でもすず、変なことしちゃダメだからねっ」

「ん。みんなお見舞いありがと」

「早く元気になってね」

「熱が下がったらリビングは片付けてあげなさい」

「じゃあね~」


 口々に一言言って、そのまま三人は帰った。


 部屋に残されたのは俺とすずの二人。

 彼女はじっと俺の顔を見つめている。

 気まずい……。


「な、なんだよ」

「汗拭いて」

「……断る」

「むぅ」


 今にも上も脱ぎ始めそうだったので首を振った。

 蒸れて気持ち悪いのが分かるが、そういうのはそれこそ弟君にやらせてくれ。


 というか、あいつら三人帰ってしまったのか……。


「……しゅうきがいる。嬉しい」

「……それはよかったです」


 どうしましょう。

 非常に気まずいです。

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