第九十七話 髪の毛切りました
あれから数日が経過した。
まだ暑さの残る十月。
自宅にも教室にも、冷房が付いている状況は異常と言えるだろう。
そんな地球温暖化の深刻性が伺える今日。
席替えが行われた。
「……教室でも君と一緒なのね」
「随分と嫌そうな反応するな。傷つくだろ」
「別に嫌なわけじゃないわよ」
隣の席になったのは姫希だった。
彼女は嫌じゃないと言いながら、顔を引きつらせている。
拒絶が顔に現れているのだ。
荷物の整理をしていると、姫希は小声で言った。
「まぁでも、隣になったのがあたしでよかったわね」
「そうだな」
彼女の視線が捉えていたのは未来だ。
俺達とは遠く離れた場所に座っているため、今後も接触は多くないだろう。
少し安心だ。
というのも、俺はあいつとの距離を測りかねている。
未来が何を考えているのかわからないからだ。
宮永先輩や竹原先輩との騒動の際に色々あった。
あの時は基本的に俺の味方をしてくれていたが、今はどうかわからない。
それに竹原先輩の言葉もあるしな。
俺に復讐しようとしてるとか言ってたし。
警戒は怠らない方が良いだろう。
……ただでさえ最近はごちゃついているのに。
隣の姫希を見ると、彼女は眉を顰めて見返してくる。
「何よ」
「髪切ったんだな」
「昨日部活の後行ってきたのよ」
言われて自分の髪を撫でる姫希。
肩までくらいだった髪の毛が、だいぶ短くなっていた。
「いいな。似合ってる」
「……ありがとう。試合もあるし、動きやすいようにしておこうと思って」
「その髪型は変えないのか?」
「ずっとこの髪型だから、今更どう変えて良いのかわからないわ。似合うかも不安だし」
「バーベキューした時はハーフアップだっただろ。あれも似合ってたぞ」
「……柊喜クンって、よくそういう事を照れずに言えるわね」
「……」
言われて気づいた。
女子の髪型を褒めまくるのって流石にキモいか。
いつもあきらと一緒に居たせいで癖になっていた。
あいつは髪型を変える度に感想を求めてくるし、大体似合っているから俺も素直に褒めていたのだが、他の女子がそうとは限らない。
興味ない男に可愛いって言われ続けてるようなもんだしな。
自覚すると恥ずかしくなってきた。
何言ってんだよ俺……。
と、恥ずかしくなって黙る俺に、姫希も会話をやめて困ったような顔をする。
気まずい時が流れ始めた。
何か話題を振らなければ。
あぁそうだ。あきらで思い出した。
「あきらも昨日髪の毛切ってたぞ」
「そうなの?」
「だいぶバッサリいってたな」
昨日は日曜日だった。
部活が終わった後に美容院に行っていたのだが、あいつも姫希と同様に長かった髪の毛を切っていたのだ。
試合が近いからか、みんな考えることは同じらしい。
美容院から帰ってきた後のあきらは、久々のショートヘアが慣れないのかずっとそわそわしていた。
チラチラ俺の方を見てきて『変じゃない?』『似合ってる?』と。
そんな様子が面白かった。
勿論似合っていたし、満足するまで褒めてやったらニコニコ笑顔でご飯を作ってくれた。
扱いやすくて可愛い幼馴染である。
「あきらのショートは見たことないわね」
「小っちゃい頃は短かったんだけどな」
「ふぅん」
小学校低学年の頃まではずっと短かった。
ただ、俺といることが多かったこともあり、よく男子と間違えられていたため、それが嫌になったのか伸ばし始めた。
その点、今のあいつはどこからどう見ても男子には見えないだろう。
昔を思い出して感慨に耽っていると、姫希にジトッと見られていた。
「なんだよ」
「別に? っていうか予習やるからもういいかしら」
「……えぇ」
ずっと会話をしていたのに、急に終了させられた。
言うや否や、ノートにシャーペンを走らせ始めた姫希。
やはりこいつはよくわからない。
仲良くしてくれているのか、嫌われているのか。
なんて、そんな事を考えながら日課表を見て絶句した。
「今日は家庭科の調理実習があるのか……」
しっかりエプロンや三角巾も用意していたし、把握はしていたのだが、席替えの結果に驚くあまり忘れていた。
「そうね。チョコブラウニーを作るって言ってたかしら」
何の気なしに呟く姫希だが、俺は恐怖に身を震わせていた。
だってこの実習、教室の班ごとに行われるんだもの。
そして、当然隣の席の姫希は同じ班なわけで……。
「お前、ちゃんと作る量は考えろよ?」
「なんだかすごく失礼な事を言われてる気がするわ。分量は守るわよ……多分。お腹が空いてなかったら」
「……」
「心配しなくても冗談よ。あたしだって料理できるってところを見せてあげるわ」
どうしよう。
不安で仕方がない。




