第九十六話 オムライス
翌日の夕飯、凄いものが出てきた。
「オムライスだな」
「うん」
「……で、なんでケチャップがハートなんだ?」
「……」
皿に盛られた綺麗なオムライス。
焦げたり破れたりせず、お店で出せそうな完璧の卵だ。
そんな黄色の上に、ケチャップでハートが描かれていた。
……何故だろうか。
聞くと、あきらは目を泳がせながら挙動不審に答える。
「深い意味はないよ。大好きだよって気持ちを表しただけ」
「……ありがとう」
「あ」
今日は随分積極的だな。
少し照れ臭いが、嬉しいことに変わりはない。
頂きますと手を合わせ、俺は卵にスプーンを入れる。
「うん。美味い」
「よかった!」
中身は普通のチキンライスだ。
昨日の和食とは真反対な感じの味だな。
でも美味しい。
やっぱりあきらの作るご飯はどれも好きだ。
「本当に料理作るの上手だよな」
「柊喜の好みも把握してるからね」
昨日卵焼きと言い、俺は結構卵料理が好きだ。
一緒にご飯を食べる時間も長いし、その辺の好みは全部バレている。
まるで母親みたいだ。
そう思いながら、再度オムライスに目を落とす。
「なんか彼女が作るご飯みたいだけど」
「っ!?」
「え、いや……」
何の気なしに言うと、スプーンを落とされたので俺もびっくりした。
金属音が響いた後に、静寂が訪れる。
「な、何言ってるの?」
「……ごめん」
ケチャップアートでハートを描くなんて、どちらかと言うと母親より恋人に近いなぁと思っただけなのだが。
思った数倍動揺されて俺が驚いた。
どうしたんだこいつ。
「柊喜って好きな子とかいるの?」
「はぁ? いきなりなんだよ」
なんだろう、幼馴染の思考回路が全く読めない。
急に訳の分からない質問をされ、戸惑いつつも答える。
「今はそれどころじゃないだろ。部活の方が大事だ。そんな事を考えている余裕なんてないよ」
「それもそうだね」
うんうんと大きく頷く幼馴染。
やはりよくわからない。
昨日からずっと変だ。
急に寝ると言って話をぶつ切りされたり、夕飯のオムライスにハートマークを描いてきたり、好きな人がいるのか聞いてきたり。
こいつは俺の事を揶揄っているのだろうか。
じっと顔を見ると、目を逸らされた。
怪しい。
絶対に俺の事を馬鹿にしている。
「あー、好きな奴ならいるぞ」
「だ、誰っ!?」
「あきらだよ」
揶揄われっぱなしだと思うなよ。
先程大好きだと言われたお返しである。
まぁ嘘ではないし。
しかし、あきらはそんな俺の言葉に黙り込む。
俯いて動きを止めてしまった。
思ったのと違う反応をされ、申し訳なくなる。
「……いやその、毎日ご飯作ってくれてありがとうって意味で」
「そ、そうだよね。別に勘違いしてないよっ?」
「おう」
「……うん。ありがとね」
気まずい。
何故今日のあきらはこんなに接し辛いのか。
その後、お互いに無言でオムライスを食べる時間が続いた。
目線も合わせないし、ただひたすらに手と口を動かすだけ。
そんな奇妙な間が、とてつもなくしんどかった。
初めてだ。
あきらとの時間がこんなに居心地悪く感じたのは。
「なんかあったら言えよ?」
「……うん」
少し心配である。
◇
あきらが帰った後、一人で風呂に浸かりながら考える。
「あいつ、俺の事好きなのか?」
今日の態度は、そう思ってもおかしくないような感じだった。
オムライスにハートマークを描くなんて、よっぽどのことだと思う。
いや、好かれてはいるだろうし、俺もあきらのことは大好きだ。
だけど、そういう感情なのか……?
お湯で顔を洗って唸る。
「いや、絶対違うだろ」
前から揶揄われることは多かったし、俺に対して好意を隠さずに表現してくれていたのは昔からだ。
それが照れ臭くて、だけど嬉しくて……っていうのが俺達の関係。
何ら変わりはない。
「ちょっとモテてるからって、調子に乗り過ぎだな」
人生調子に乗るとロクな事にならない。
部活で頂点目指せるかと思えば怪我で潰され、彼女ができたかと思えば意味の分からないフラれ方をする。
そういうモノなのだ。
ダサい勘違いで、大切な幼馴染を失うのは嫌だ。
唯一の家族とは今まで通りいたいからな。
どうせ数日経てば、またいつも通りのあきらに戻っているだろう。
そんな事を思いながら、俺は風呂から出た。




