第九十四話 寝つきが良い幼馴染
夕食を食べ終えた後、リビングでぼーっとしているとおばさんに言われる。
「なんだか本当に、いくつになっても可愛いわねぇ」
「もう高一なんですけどね」
「関係ないわ。身長が二メートル超えても子供みたいなものなのよ」
「まだ二メートルはないっすよ」
あきらは一人っ子だ。
おばさんが俺の事を自分の子供みたいに扱ってくれるのは、そういう面もあるのかもしれない。
それにもう十年以上の関係だしな。
あと、うちの家庭環境を知っているからかもしれない。
自分で言うのもなんだが、結構なゴミ環境で育ってきた。
今でこそ何とも思っていないが、親と呼べる存在がほぼいない状況は、過去の俺にとって辛いものだったから。
そんな時に優しくしてくれたのがあきら達だ。
沢見家には頭が上がらないのである。
「今日は久々に泊りなさいな」
「……そうします」
ここ数日悩み事が多くて家の掃除を怠っていた。
今からあの家に帰るのはちょっと嫌だった。
お言葉に甘えさせてもらおう。
そんな会話をしていると、風呂に入っていたあきらが出てくる。
「今日柊ちゃん泊らせるからね。布団敷いておいて」
「はーい」
あぁそうか。
この家、泊りの時はあきらの部屋で寝るんだ。
◇
夜、ベッドに寝転がっているあきらが聞いてきた。
「最近ぼーっとしてること多いよね。なんか嫌な事あった?」
「嫌な事はないな。ただ、考えることが多くて」
「どうしたの? 話聞くよ?」
「……」
恐らく無意識のあきらの発言に苦笑する。
まるで口説かれているようだ。
ドシタン、ハナシキコカ。
もはや何かの呪文のように聞こえる。
暗い寝室でっていう状況もなんだかなぁと思う。
と、そんな冗談はさて置き。
凛子先輩の話は他言しないように言われているし、俺としても言い振らしたくない。
人間としてのモラルは守りたいのだ。
だから曖昧に誤魔化した。
「大したことじゃねーよ。ってかお前もさっきぼーっとしてたじゃねえか」
「あぁ、あれね」
俺の言葉にあきらは上体を起こす。
隣で敷布団に座っていた俺を見つめてきた。
「なんかよくわかんないんだよね」
「何が?」
「んー、自分の感情みたいな?」
物凄く抽象的でイマイチ話が掴めなかった。
そんな俺にあきらは緩く笑う。
「それにしてもこの部屋で一緒に寝るのは久々だねっ」
「今日は珍しく片付いてるな」
「うわ、さいてー。私だって部屋掃除くらいします。女子だよ?」
「よく言うぜ」
普段は掃除なんてしないくせに。
ジト目を向けると顔を背けられた。
「ここ最近柊喜と同じ部屋で寝ること多いよね」
「そうだな。おばさんも不用心だ」
「私達のこと付き合ってると思ってたし」
「それならそれでヤバいだろ。付き合ってるかもしれない男女を同じ部屋で寝かせるなんて」
「あはは」
それがなくてもあきらは可愛いし、狙われやすいだろう。
おっぱいがデカ過ぎるのだ。
柔らかい材質の部屋着を纏っているわけで、余計に大きさが目立つ。
俺が幼馴染で、なんの危険性もない男でなかったらどうなっていた事やら。
「おっぱい見過ぎ。何? 興味あるの?」
「ねえよ」
「素直じゃないなぁ。別にさわ……あれ」
「どうかしたか?」
「いや……」
急にあきらの様子が変わった。
何かを言おうとして、唐突に口を閉ざす。
そのまま自分の口元を抑えてフリーズした。
「……寝る」
「はぁ?」
口を開いたかと思えば、寝る宣言。
意味が分からない。
「なんだよ本当に」
「……」
「マジで寝たのかよ」
昔から寝付きが良い奴だったが、流石にこの速さは異常だろう。
のび太君もびっくりして裸眼が4になるレベルだ。
よくわからない幼馴染に首を傾げながら、俺も横になった。
久々のあきらの家の匂いは、やけに落ち着いた。




