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第九十一話 嬉しいニュース

 ぼーっとしていた。

 武道場で筋トレをする女子達をじっと座って眺めていた。


 考えることは特にない。

 ただ座っているうちに時間が過ぎていく。


「柊喜、メニュー終わったけどっ」

「そうか」

「……」


 じっとあきらに見つめられ、俺も視線を返した。

 ついに十月に入り、若干肌寒くなったように思う。

 だがしかし、運動部の彼女らには関係のない事だ。

 額に汗を浮かべるあきらは未だ半袖だし、夏と同じ装いである。


 あきらに話しかけられて意識が戻ってきたので、周りを見渡した。

 朝野先輩から水を貰って飲んでいる姫希。

 いつも通り余裕そうにニコニコしている唯葉先輩。

 そしてうつぶせに倒れているすず。

 ……あいつは何をしているのだろうか。


「おい、すず?」

「……ん」


 体調不良で倒れているのかと思ったが、ただ寝落ちしただけらしい。

 紛らわしい奴だ。

 そんな彼女の状態を起こさせに行くあきらを見ていると、隣で汗を拭っている凛子先輩が視界に入る。


「……さっさとメニューを終わらせてください」

「ん? もう終わったよ」

「えッ!?」


 凛子先輩と言えば、うちの部活で一番筋トレが遅かった。

 単純な筋力不足もあるだろうが、それだけの問題に限らず、彼女の性格的な側面もあってのことだ。

 そんな彼女が、周りと同じ時間でメニューをこなした、だと?


 目を見開いていると、ふっと笑みを浮かべる凛子先輩。


「少しでも可能性を高くしたいからさ」

「……部としての勝算の話ですね?」

「どう取るかはコーチ君の勝手だよ。でも僕は、本気だから」


 そのまま何事もなかったかのように水を飲みに行く凛子先輩の後ろ姿を見ながら、俺は頭を抱えた。


『僕が柊喜君に好意を寄せてるって話は内緒にしてね。みんな混乱しちゃうから』


 あの日のこと――金曜の凛子先輩の自宅であったことは他言しないという運びになった。

 あまりにもデリケートな話題だから、そもそも言い振らすべきではない。

 そして、この問題は俺達の女子バスケ部の関係性を破壊し得ることが容易に想像される。

 特にすずは、凛子先輩よりも前から俺の事を好きだと言ってくれているし、部内で縺れが生じるとロクな事になる気がしない。


 凛子先輩は金曜以降もいつも通りだ。

 以前と変わらず揶揄ってきて、部活に励む。

 若干練習への熱量が増した気はするが、基本的には告白前と何ら変わらず、周りにも気づかれてはいない。

 動揺しているのは俺の方だ。


 それにしても”可能性を高くしたい”か。

 果たしてどういう意味があるのやら。

 すずも同じような事を言っていたからな。

 俺に好きになってもらいたいからバスケ上手くなるって。


 俺としては理由はなんにせよ、部活に今まで以上に本気で臨んでくれるというのは嬉しい話だ。

 ただ、こっぱずかしさはある。

 難しい所だな。


 そんな事を考えていると、座っている俺の隣に唯葉先輩がやってきた。

 いつも通りツインのお団子が可愛らしい一つ上の先輩だ。


「ついに決まりましたよ」

「マジっすか」

「マジです!」


 俺は唯葉先輩に一つお願いをしていた。

 それすなわち、例の練習試合に関する相手チームとのコンタクトだ。


 驚く俺に、彼女はニコっと笑ってピースサインを見せる。


「オッケーだそうです!」

「ありがとうございます……!」


 この感謝は誰へのモノだろうか。

 唯葉先輩へ? それとも受け入れてくれた相手チームへ?

 どちらにせよ、かなり嬉しいニュースだ。


 そんな俺達の元に水分補給等を挟んで回復した女子達が近寄ってくる。


「ついに決まったんだっ!」

「緊張するなぁ」

「……あたしで勝負になるのかしら」

「すず、リバウンドは絶対負けない」


 皆それぞれ言うが、まとまりがない。

 特に姫希だ。

 若干顔が青い気がする。


「心配するな姫希。練習に失敗はつきものだ」

「もっとまともな励ましがあるんじゃないかしら?」

「それにあれだけ練習してきたんだ。通用しないわけがないだろ? 努力してきた自分を信用しろ」

「……最初からそれを言いなさいよ」


 呆れたようにジト目を向けられるが、知らん。

 俺だって未知の世界だからな。

 五人しか集まらない環境なわけで、こいつらが試合時にどういう動きをするのかという点について、俺は全く知識がない。

 そして、色んな練習で見てきたモノを考慮した時、あまり期待感はない。


 しかし、それでいいのだ。

 まずは実戦。

 初めから勝てる奴なんていない。

 実戦で初めて自分の足りない点に気付き、それを補填して試合に臨むのだ。

 人はそうして強くなる。


「男子との合同って話で進めたので、後で男バスの顧問の先生に報告に行きましょう!」

「そうですね」


 ようやく、部活として動き出す時が来た。

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