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第九十話 抜け駆け

 凛子先輩に好きだと告白された。

 好きというのは、恐らくいつもの揶揄いではない。

 LikeではなくLoveの方だと……そう思う。


 だけど、聞かずにはいられなかった。


「……一応聞いておきますけど、いつもの冗談じゃ」

「違うよ。本当に、そういう気持ちになっちゃった」


 吹っ切れたのか、恥ずかし気に笑いながら凛子先輩は続けた。


「あんなカッコいいとこ見せられたら惚れちゃうよ」

「確かに圧倒的な勝負でしたけど」

「違う違う。一対一の内容はどうでもいいんだ。ただ、柊喜君が僕のために本気で先輩に立ち向かってるとこ見たら、ぐっと胸に来てさ」


 困っている先輩のために近寄る厄介な男を撃退。

 そう聞くとヒーローみたいだな。

 だけど、実際はそれだけじゃない。

 あの勝負を受けたのは、女子バスケ部の部員たちに俺の実力を証明したかった事や、部員に絡まれて練習に支障が出るのを嫌ったから。


 なんだかいい所だけを切り取って解釈させるのは、騙しているような気分になる。


 と、そんな俺の考えが読めたのか、凛子先輩は言う。


「柊喜君は、最後に宮永君に僕の事をかけがえのないとか、大事とか言ってたじゃん?」

「……あ」

「わかってるんだ。それが異性としてとかじゃなくて、部員としてだって。一人でも抜けたら試合できないんだから、文字通りかけがえのない人間だし。でも、仮にそういう意味であっても、僕の事をそんな風に思ってくれてるなんて知ったら、急に柊喜君にドキドキしちゃったんだ。こんなの……初めてなんだよ」


 凛子先輩はこの前、交際経験がないと言っていたもんな。

 他人に恋愛感情を抱いたこともなかったのかもしれない。

 その初めてが、俺だと。


 理解するとものすごく体が熱くなってきた。

 正直、めちゃくちゃ嬉しい。


「柊喜君は今、好きな子とかいるの?」

「……いや」


 聞かれて思い浮かんだ顔は、不快なものだった。

 どうしても俺の脳裏にはまだあいつがいるらしい。

 チャームポイントのおでこが頭の片隅で存在を主張してくる。

 全くもって好きではないが、別の意味で意識に深く刻まれてしまっているのだ。


 無言の俺に、先輩は優しく笑う。


「いないなら僕と付き合わない?」

「……」


 告白だ。

 この前すずにされた突然のものではなく、じっくり意識をさせられている。

 試すような挑発的な笑みにも見える凛子先輩の顔を見つめ返していると、彼女はふっと視線をずらした。


「でもこれじゃ抜け駆けだね」

「は?」

「恋愛って難しいや。僕らの関係がぎこちなくなると、部活に支障が出てしまう」

「それは、そうです」


 俺が竹原先輩たちを遠ざけたかったのは、色恋沙汰というのが関係を一番破壊し得ると思ったからだ。

 せっかく悩みの種を排除したのに、自分から踏み込んでいってどうする。


 と、そこでふと凛子先輩がテーブル脇に置かれていたデジタル時計を見た。


「もう八時近いのか。結構話したね」

「あぁ……そうですね」

「最後に一ついいかな?」

「なんですか?」

「キスしていい?」

「ッ!?」


 そうだ、忘れていた。

 この人、キス魔だった。

 ちょっと可愛いと思ったくらいの相手にちゅっちゅする女が、好きな男にキスしようとしないわけがない。


 席を立ちあがって俺のほうに歩いてくる先輩。

 彼女はそのまま俺に顔を近づけてきた。


「……っ」

「ふふ、冗談だよ」


 咄嗟に閉じていた眼を開くと、至近距離に凛子先輩の顔があった。

 依然として顔は真っ赤だが、それが色気を生み出している。

 さくらんぼ色のぷるっとした唇がやけに艶やかだ。


「ねぇ柊喜君」

「……はい」

「なんで避けないの?」

「……」


 その言葉に俺は答えることができなかった。

 答えてしまえば、確実に関係性が壊れると思ったからだ。

 凛子先輩とも、そして、他のメンバーとも。


 凛子先輩は嬉しそうに、そして愉しそうに目を細めて笑っていた。


今回で第二章は完結です〜(╹◡╹)

読んでくださってありがとうございました!


明日からは第三章に入る予定です。

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