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第八十八話 お礼

「終わったわね」

「終わりましたね」

「なんで敬語なのよ」

「いや……」


 つい姫希に敬語で返答してしまった。

 というのも、少し拍子抜けだったからな。

 あの先輩たちがあぁも簡単に頭を下げるとは。


 呆けている俺に朝野先輩が言い放つ。


「群れる連中は少数じゃなんにもできないんだよ。だから向こうよりも多い人数で責めたらすぐに折れるの」

「その通りですね」


 それもあるが、女子の圧というのは凄味があるからな。

 ここで折れなければ、学校生活が終わるかも……という恐怖を植え付けられるのだ。

 特に朝野先輩みたいなタイプ。

 敵に回すと超怖い。


「どうかした?」

「いえ……」


 大丈夫だ、この人は俺の味方だから。

 ……でも一応、嫌われないように言動には気を付けよう。


 なんて朝野先輩にビビっていると、凛子先輩がボソッと呟く。


「かけがえのない、か」

「え?」

「あぁいや、なんでもない……」


 聞くと避けるように距離を取られた。

 随分と塩対応である。

 何かマズい事を言っただろうか。


 辺りをきょろきょろ見渡すが、他のみんなも大して心当たりがないらしく、首を傾げるだけだ。

 マジでどういうことだよ。


 と、あまり時間を無駄にすることもできない。

 今日は練習日なのだ。

 体育館利用は六時半までだし、あと一時間を切っている。


「練習を開始しよう」

「そうです! これからは大会に向けて頑張りますよー!」

「ホントだねっ。みんな頑張ろう。すずもぼーっとしてないで」

「さっきのしゅうき、凄かった。ダンク初めて見た。すずにもできるかな」

「真似するのは良いが怪我だけはやめろよ」


 今にもリングに向かって飛んでいきそうなすずに苦笑した。

 確かに、かなりの大技を見せたからな。

 しかし、ノリでアリウープをしたが、あれができるなら普通にドライブダンクでもよかった気がする。


「柊喜、カッコよかったよっ」

「わたしも目ん玉飛んでいきました!」

「大成功だったわね!」


 まぁいいか。

 こいつらもギャラリーも盛り上がっていたし。

 俺は久々にプレイで観客を魅了できる喜びに浸っていた。



 ◇



 部活終わり、俺はいつも通り部員達の着替えを待つ。

 文字面だけ見るとかなりいかがわしいが、俺に変な気は一切ない。

 極めてクリーンなコーチ責務の一環である。


 というわけでぼーっと座っていると、頬をなぞられた。


「うおっ」

「やぁ」

「……何してんすか」


 動作主は凛子先輩だった。

 部活中からいつもより距離を感じていたのだが、気のせいだったのだろうか。

 首を傾げていると凛子先輩が耳打ちしてくる。


「今日はありがとね」

「当然のことをしたまでです」

「でも僕のためでしょ?」

「まぁ、一応……」


 そう言われると恥ずかしくなってくるな。

 頬をかいて目を逸らす俺。


「今日、一緒に帰らない?」

「え?」

「お礼したいな」


 断る理由は特にない。

 夕食までに帰れば良いし、今日は体育館のローテーション的にも帰りがそこそこ早いから、問題ない。

 何をしてくれるのかは不明だが、色々あったし、二人で話すのもいいかもな。


「わかりました」

「やった。じゃあ僕の家あがってよ」

「家っすか……? まぁ、いいですけど」


 落ち着いて話せるし、お金もかからないからな。

 前回みたいに下着を干しっぱなしとかはやめて欲しいが。


 それにしても、なんだろう。

 ちょっと雰囲気がおかしい気がする。

 いつもなら揶揄ってくるはずなのに、こんな会話をしているのに凛子先輩は普通だ。

 真顔なのが逆に怖い。


「っていうか、なんでそんな小声で話してるんですか?」

「誰かに聞かれたら恥ずかしいから」

「そんなもんすか?」

「うん」


 ようやく少し口角を上げた凛子先輩の顔に、鼓動が速くなる気がした。

 いやいや。

 凛子先輩だぞ?

 そういうのじゃないよな。

 俺たちはあくまで選手とコーチ、先輩と後輩……。


「……」


 何故か無性に無言の間がしんどく感じた。

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