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第七十八話 特別なんだよ

 自宅への帰り道、ぽつりと凛子先輩が口を開いた。


「柊喜君って、危険な賭けには出ないタチだと思ってた」

「えぇ、出ませんけど」


 俺は失うものがある戦いは基本的にやらない。

 逃げる。

 いや、勝ちが確定するまで努力する性格だ。


 何を言われているのかわからなくて呆気に取られていると、隣を歩く凛子先輩はジト目を向けてくる。


「負けたらどうするの?」

「あぁ、さっきの話ですか」


 宮永陽太に1on1で負ければ、俺は女バスのコーチを引退。

 加えて、凛子先輩はあいつらに付き纏われ続ける事になるのだろうか。


 不安そうな凛子先輩の顔を見て納得した。


「勝手に決めてしまってすみません。凛子先輩も巻き込んでるのに、俺の一存で引き受ける問題ではなかったですね」

「……勝てるんだよね?」

「まぁ赤ちゃんと殴り合っても負けないので」


 あの人の実力は良く把握している。

 一応は中学時代キャプテンだったわけで、あの集団の中では上手い方だった。

 ただ、負ける気はしない。


「宮永君、普通に対戦引き受けてたけど、向こうは勝算あるんじゃない?」

「あるでしょうね」

「えっ!?」

「だって俺、中学時代は一対一の練習でいつも手を抜いて負けてましたから。お膳立てって奴ですね。一度痛い目を見たことがあって」

「……宮永君は本気の柊喜君と戦ったことないってこと?」

「そうです」


 あれは中学一年、入部初日の事だった。

 キャプテンとの一対一に圧勝して、二つ上の代の先輩から嫌われた。

 あれ以降、接待プレイというものを覚えたのだ。

 これは別に相手を馬鹿にしているわけではない。

 タテ社会で生きていくには必要な技術だからな。


 しみじみと過去を思い返して青い顔をする俺に、凛子先輩は苦笑した。


「まぁ僕は大して心配してないんだけど」

「それはよかったです」

「ただちょっと意外で」


 確かに、俺にしてはギャンブルな選択だったような気もする。

 そして、それは凛子先輩の安全の確保だけが目的ではない。


「ここら辺でみんなにも見せておこうと思って。お前らのコーチはちゃんと強いんだぞ。安心してついて来いって」

「あはは。男らしい」


 口では散々偉そうなことを言ってきたし、部員と軽く一対一などをやったことはあるが、俺が同等の相手と戦っている姿は見せていないからな。

 口に出すのは恥ずかしいが、俺だって男だ。

 良いとこを見せたいんだよ。


「でも怪我は大丈夫なの?」

「さぁ……」


 そこは正直、懸念点だよな。

 不安がないと言えば嘘になる。

 負ける気は全くないが、足が痛くなるくらいは覚悟しよう。


「っていうか、家に残ってる連中は今何してんのかな」

「まだゲームしてるんじゃないかな? 僕も遊びたかったんだけどなぁ」

「課題やってください」

「一位なのに?」

「関係ないです。そのせいで居残りとかくらって、練習時間減ったらまた他と差が付きますよ」


 忘れてはいけないが、この人はうちの部活で一番の問題児なのだ。

 人一倍練習してもらわないと困る。


 そんなこんなで話していると、空が色づいてきた。


「それにしても、未来にはめちゃくちゃ驚かされましたね」

「あぁ、あれね」


 口を開いた俺に凛子先輩は笑った。


「ね? 悪い子じゃないでしょ?」

「……何考えてるかわかんないですよ、あいつは」


 別れたはずなのに粘着してきたかと思えば、俺の仲間をめちゃくちゃに傷つけて。

 そしてそれに懲りたかと思えば、今度は俺に嫌がらせする先輩を止めて。

 何がしたいのか意味が分からない。


「先輩、元恋人との距離の取り方を教えてください」

「生憎僕は未経験なんだよねー。ごめんね」

「えっ?」


 さらっと言ってのけた凛子先輩の超絶綺麗な顔を二度見した。

 この目鼻立ちが整い、いつもと違って前髪がさらさらしている女の子感マシマシな先輩が、付き合った経験なしだと?


 絶句する俺に凛子先輩はへらっと笑う。


「実はさ……あぁいや。これはやめておくよ」

「なんすか、めっちゃ気になるんすけど」

「うーん、じゃあとりあえず一つだけ言っておくね」


 凛子先輩は何故か困ったように、眉をハの字にしながら口を開いた。

 俺はその言葉を聞いて、無性に恥ずかしくなった。

 普通にどうしていいのかわからなくなった。

 帰り道、そのせいで変な雰囲気になった。


「僕にとって、柊喜君は結構特別なんだよ。異性としてね」


 これは一体、どういう意味だよ。

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