第七十五話 先輩の案
三連休二日目の日曜。
私は学校に体操着を忘れていたことを思い出し、取りに帰った。
金曜から置きっぱなしだから、多分汗の匂いとかついてる。
最悪だ。
憂鬱な気分で忘れ物を取り、ため息を吐く。
家に帰って洗うのも面倒くさいし。
久々の登校だったのに、こんなミスするなんてついていない。
今日は自転車で通学していたため、それを取りに駐輪場へ向かう。
金曜日は今思い出しても嫌な日だった。
昼休みにキモい先輩に話しかけられるし、元カレに意味わかんない行動しちゃうし。
そして極めつけは放課後だ。
何であんな事言ったんだろ。
柊喜に嫌がらせする竹原先輩に、何故か物凄く嫌な気になった。
「腐っても元カレだからかな?」
一応は好きだった人だ。
この前体育館で色々言われる前は、復縁してあげてもいいかな、くらいには思ってたし。
ここ最近、自分が何を考えているのかイマイチわからない。
柊喜の事は嫌いになったはずなのに、何故か考えてしまう。
学校を休んでいた時だって、ふとした時にあの陰気な顔を思い浮かべてしまっていた。
金曜だって久々に見るあいつが良く視界に入ってきた。
本当に鬱陶しい。
マジでデカすぎ。
目障りなんだよ。
「はぁ……」
駐輪場まで意外に遠かった。
ようやく自分の自転車の前までやって来る。
と、そんな私に同じく駐輪場にいた男子生徒が話しかけてきた。
「あれ? 君って未来ちゃん?」
「そうですけど」
第一印象、爽やかイケメン。
顔立ちが凄く整っていて、眉や髭等の処理からも清潔感が伝わってくる。
柊喜の身長に見合わない幼い顔とは大違いだ。
あと身長も高い。柊喜には及ばないけど。
そして髪型もセットされていて決まっている。
冴えない柊喜のものとは大違いだ。
「なんですか?」
聞いてみると、先輩は顔を顰めた。
「君が使ってる場所、俺の駐輪スペースなんだけど」
「あ、ごめんなさい」
そう言えば休日だったし、出席番号とか学年とか無視してテキトーに停めちゃったんだよね。
謝ってどかすと、先輩は『サンキュー』と言って快く許してくれた。
「じゃあ……」
「待てよ」
用もないので帰ろうとする私。
しかしそれを先輩は止めた。
「俺、千沙山柊喜の中学の時の先輩」
「そうなんですか? あ、部活の?」
「そう。君のこと知ってるよ」
知っているというのは、例の動画の件だろうか。
柊喜が直接言った可能性もあるけど……いやいや。
そもそも、こんな爽やかな先輩とあいつが仲良しだとは思えない。
色々な事を考える私に、先輩はニヤッと笑って言った。
「未来ちゃんはまだ千沙山の事好きなん?」
「は?」
「何そんなに驚いてんの。金曜の話竹原から聞いてるよ、君に止められたからすごすご帰ってきたって。今はその罰ゲーム中」
「罰ゲーム?」
「そ。丁度昼からは女子に用事すっぽかされて暇だったし、一人で千沙山んち行かせてる」
「えっ!?」
柊喜の家にあいつが?
「何をする気なんですか!?」
「めっちゃ食い付くじゃん。何するって、ただの戯れかな。ほら、千沙山がいると竹原と凛子がくっつかなくておもんないから、邪魔すんなって言いに行かせた」
「……そう言えばあの人、誰かに命令されてたような」
「命令ってわけじゃねーけど、多分俺だろうな。宮永陽太」
そうだ、あの人も確か『陽太が』って言ってた。
という事は、この人が柊喜に嫌がらせをしている黒幕。
「……宮永先輩は、しゅー君の事嫌いなんですか?」
「ん? まぁ好きか嫌いかで言うと、大っ嫌いだな。可愛げねーし、昔っから舐めた態度ばっかり取られてたから」
「自分が嫌いだから潰そうとしてるの? 人を使って?」
「別にそーいうつもりじゃなかったんだけど」
つまらなそうに頭を掻く宮永先輩。
彼はそのままため息を吐きながら私に言った。
「仮にそうでも君になんか関係ある?」
「ッ! ないけど……ないですけど、なんか嫌なんです」
「ふぅん?」
「しゅー君の嫌がる顔思い出すと、胸が痛くなるから、見たくないんです」
あいつの悲痛に満ちた顔と、そこから繰り出された言葉を思い出すと、今でも苦しくなる。
「なーんかよくわかんねーけど、マジで未練たらたらじゃん」
「はぁ? 未練とかないですけど。あいつのこと嫌いだし」
「自分の発言を聞かせてやりたいな。まぁいいや、どっちにしろあいつと凛子は引き離さないと」
どいつもこいつも、意味わかんないことばっかり言ってくる。
未練なんかないって。
と、宮永先輩は意地の悪い笑みを浮かべた。
「なぁ、俺らと組んで千沙山をコーチやめさせよーぜ」
「……」
「お前も嫌だろ? 元カレが他の女とイチャイチャしてんの。な、利害の一致だからさ、組もうぜ」
少し良い案のように思えた。
柊喜の周りには今、たくさんの女の子がいる。
特にクラスでもよく話している伏山さんなんかを見ると、無性に嫌な気分になるし。
確かに部活を辞めさせるというのは良いかもしれない。
路頭に迷ったあいつが、私の元に帰ってくる可能性もある。
私は頷いた。
「……ダメだよ」
「え?」
先輩の案を受け入れようとして出た言葉は否定だった。
「しゅー君は、私のこと超好きだったの。でも今は、その私よりあの子達の方が大事って言ってた。それは多分、あいつにとって彼女達が凄く大切って事で……」
「はぁ?」
「とにかく、私はもうしゅー君に仕返しとかしたくないんです。あと、できればやめてほしいです」
自分でも何を言っているのかわからない。
別に柊喜の事が好きなわけではない。
ただ、もう拒絶されたくない。
これ以上嫌われたくない。
私の言葉を聞いた先輩は意味不明そうに眉を顰めていた。
「君が何を言おうと、俺らのやることは変わんねーけど」
「……」
「まぁただ、そこまで言うならせめて正々堂々辞めさせるか」
「え?」
ニヤッと物凄く意地の悪い笑みを浮かべた先輩に、私は足が震えてしまった。




