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第七十四話 なんでこんなやつに

 昼休みの事。

 ふらっとジュースを買いに自販機のある裏庭までやってきた。

 しかしそこである男子に出くわす。


「お、未来ちゃんじゃん」

「……」

「オレだよオレ! 竹原!」

「あ、そうだ」

「ほんと酷いね。もうちょっと人に関心を抱いてくれよ」


 顔を引きつらせるのは、いつぞや喫茶店でコーヒーを奢ってくれた先輩。

 相変わらず鬱陶しい髪型をしている。

 彼は購入したコーラを一口飲むと、そのまま話しかけてきた。


「学校来てるんだ」

「当然だよ」

「クラスで悪口とか言われないの? ハブられたり」

「さぁ」


 いつも話していた女子とは今も普通に会話している。

 クラスの人だって話しかければ返事してくれるし、特に変わりはない。

 あんなモノが拡散された手前、最初の数日は少し居心地が悪かったけど、まぁ自業自得だし。


「相変わらずメンタルつえー。羨ましいわ」

「ありがとうございます」

「褒めてないよ」

「そうなんですか」


 自販機で紅茶を購入し、私はその場を後にしようとする。

 しかし腕を掴まれた。


「なに?」

「君には言っておこうと思ってさ」

「何をですか?」

「今日放課後に千沙山に会いに行こうと思っててさ」

「……」


 そう言えばこの人、柊喜の事を嫌ってるんだっけ。


「前にも言ったけど、そんなことしても女の子が振り向いてくれることはないよ?」

「わかってるよ。でもそういうノリなんだから仕方ないじゃん」

「へぇ?」


 ちょっとよくわかんない。

 首を傾げる私にため息を吐く竹原先輩。

 彼はポケットに小銭を入れて私の肩を叩いた。


「あいつって金持ちなんだろ?」

「しゅー君の事ですか? まぁ確かにいっつもお金持ってたけど」

「じゃ、今日は晩飯奢ってもらおうかな」

「まさか、いじめる気ですか?」

「ただ単に金欠だから助けてもらおうってだけさ」


 柊喜の事を潰すとかなんとか言っていたけど、本格的に実行に移す気らしい。

 そんな事をして何の意味があるのか。

 よくわからないけど、別に止めようとは思わない。

 柊喜がどうなろうと知ったことではない。


 あいつは私との復縁を断った男だ。

 もうどうでもいい。

 むしろイライラしているくらいだ。


「そーいうわけだから。ばいばい」

「……」


 だけど、なんでだろう。

 少しもやもやする。


 先輩が立ち去ってからしばらくして、私も校舎に戻る。

 と、そこでまさかの柊喜本人に遭遇してしまった。


「あ」

「……」


 顔を見るだけで首が痛くなる。

 丁度話題に上がっていた腹立たしい元カレだ。


 彼はそのまま私を無視して素通りしようとする。

 私も別れようと思った。

 なのに。


「……なんだよ」

「あ、その……いや」

「はぁ?」


 反射的にズボンを掴んでしまった。

 謎の行動に自分でも訳が分からない。

 戸惑う私に当然柊喜も困惑する。


 慌てて手を放して否定した。


「ち、違う! ただ、その……」

「何が違うんだよ。もう俺に関わるなって」

「……ごめん」


 明らかな拒絶の姿勢に泣きそうになった。

 意味が分からない。

 何でこんな奴なんかに邪険にされなきゃいけないの。

 そして、何でこんな奴に拒絶されるのがこんなに苦しいの。


 俯いていると声が聞こえる。


「ん? だれ?」

「ッ!」


 よく見ると柊喜の横には女子がいた。

 確か隣のクラスの人。

 名前は知らない。


 だけど腕にぎゅっと抱き着いた彼女はやけに親密そうで。


 耐えられなくなって私はその場から逃げた。



 ◇



 放課後、なんとなく体育館の前を通った。

 すると。


「こんちゃす」

「……本気でやるつもりなんだ」

「ちょっと遊びに行くだけだし? ってか、そうしないと陽太に何言われるかわかんないんだよ」


 例の先輩は顔を顰めながらそう言う。

 この人にも事情があるらしい。


 私はそんな先輩を無視して帰ろうと思った。

 それなのに。


「……やめて」

「は?」

「あ、いや。……私今なんて?」


 自分で耳を疑った。

 何言ってるんだ私。

 でもそんな頭とは裏腹に言葉はすらすらと出てくる。


「なんでしゅー君に酷い事するの。やめてよ」

「……お前が言うかよ」

「女の子に振り向いてほしいなら、まずはその顔と性格をどうにかしなよ」

「お前。マジ殺すぞ」


 アドバイスをしたつもりが怒らせてしまった。

 言い方が悪かったのかもしれない。

 でもやっぱり、女相手に”殺す”とか言っちゃうのは良くないと思う。

 柊喜はそんな事言わなかった。

 ……って、だから何であいつが出てくるの。


「調子乗んなよ」

「乗ってないよ。ただしゅー君に何かするのはダメ」

「お前、あいつのこと嫌いなんだろ?」

「……そうだよ」

「前に一人でやり返すって言ってたじゃないか」

「それは……」


 あれから一人で色々考えた。

 でも冷静になると、やり返すとか、正直意味がわかんなかった。


 そもそも悪い事をしたのは私だし、『なんでお前が』っていう感情はあるけど、一時的なモノに過ぎなかった。

 落ち着いて考えればわかるんだ。

 そして、いつまでもあんなのに固執するのも意味わかんないし。


「とにかく、たかるのはやめてよ」

「なんで君はオレに敬語使わないの?」

「尊敬できるところがないから」

「……やっぱストレートだね。君相当狂ってるよ」

「先輩に言われたくないですけど。えっと……た、た。竹之下先輩」

「竹原!」


 大声で怒鳴る先輩にビクッとしてしまった。

 そんな私の反応にニヤッと笑みを浮かべる。


「ま、今日の所は帰るわ」

「……」

「でも今の君、正義ぶって未練がましく元カレの周りをうろちょろしてて超キモいよ?」


 捨て台詞を吐かれて絶句した。

 私が未練がましい? 何言ってんのこの人。


 一人残され、疲れがどっと押し寄せてきた。

 ついその場にへたり込んでしまう。

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