第七十二話 問題児の優等生
少しして下へ降りると、全員が一斉に俺を向く。
ソファに座ってアイスコーヒーを飲んでいた凛子先輩がニヤッと笑った。
「姫希の熱いお説教はどうだった?」
「……効きました」
「あはは、それはよかった。何を言われたかは聞かないでおくよ」
どうやらみんなに気を遣わせてしまっていたらしい。
ずっとテンションも低かったし、当然か。
申し訳ないことをしたな。
髪を乾かしている唯葉先輩に呆れたような目を向けられる。
「姫希が一人で話に行っちゃいましたけど、みんな思ってることは同じです。勝ちたいからやってるんですよ、千沙山くんは間違ってません」
「……そうですよね。ただ」
「今まで色んなことがあったもんね」
隣に座っていたあきらは優しい顔で俺を見つめる。
ずっと家族同然で育っていたため、こいつは俺の小学校中学校時代の事を知っている。
以前の俺は確かに浮いていた。
今日みたいに面と向かって口に出されることは多くなかったが、裏で色々言われていたことは察せる。
疎外感は否めなかった。
あきらはそんな俺に笑いかける。
「あの時とは違うよっ。みんな同じ気持ち。だから一緒にがんばろ、ね?」
「ありがとう。みんな、ありがとう」
頭を下げると、大げさだなぁと笑われた。
「すず、しゅうきのためならNBA選手も倒す」
「どういう状況だよ」
「それくらい、頑張るから。だから見捨てないで」
すずに悲し気に言われて苦笑する。
見捨てる? 何の話だ。
首を傾げている俺に唯葉先輩が口を開いた。
「すず、ずっと言ってたんです。『このまましゅうきがコーチ辞めちゃったらどうしよう』って」
「へぇ」
「だって、今日は本当に暗かったから」
「……心配させてごめん。でも大丈夫だ。こんなところで放り出すほど無責任な人間になったつもりはない」
まだ一ヶ月だが、されど一ヶ月だ。
俺もそれなりに時間と精神を削って教えてきたし、ここで逃げるなんて後味が悪すぎる。
さっきまで色々考えていたが、こいつらに消えろと言われない限り、コーチをやめる気など毛頭なかった。
と、そんな俺に唯葉先輩が目を輝かせる。
「わたし、希望が見えてるんです! この調子だと、もしかしたら県優勝出来るんじゃないかって!」
「それは楽観し過ぎっす……。現状で可能性は感じてないです」
「はっ!? 酷い!」
いけるわけがない。
舐めすぎにも程があるのだ。
とはいえ、そうか。
「みんな同じ目標を見据えて頑張ってるんだよ。だからさ、今度は一人じゃないから。私達五人が、そして今はいないけど、薇々ちゃんも付いてるから」
「そうよ。わけわかんないこと考えてる暇があるなら、その時間にあたし達の次の練習メニューでも考えなさいよ」
「なんでお前はちょっと上から目線なんだ」
丁度脱衣所から出てきた姫希。
まぁただ、こいつの言う通りだな。
「よし、お前らの意志の強さもわかったから、これからはより一層厳しく指導していくぞ。まずは今からいつもの筋トレメニューを三周――」
「「「「「それは嫌」」」」」
全員の見事に揃った拒絶に、俺は苦笑を漏らした。
辛い冗談だ。
◇
その後、特に何をするわけでもなくただ時間を潰した。
リビングの大画面テレビでゲームをしている四人と、それを見ながらずーっとお菓子を食べている姫希。
こいつは短時間で何円分のお菓子を消費するんだと戦慄しながら見ていた。
と、そんなこんなで午後四時くらいまで過ぎた時、凛子先輩が思い出したかのように立ち上がった。
「やば、数学の課題プリント集学校に忘れてた」
「わー、あれはやっておかないと放課後職員室呼び出しコースです!」
唯葉先輩の声に顔を顰める凛子先輩。
しかし彼女はしばらくした後に、うんと頷いて座りなおした。
「まぁいっか」
「よくねえだろ」
そこでツッコんだのが俺だ。
凛子先輩は苦笑する。
「大丈夫だって。僕、課題ほぼ出さないけどテスト一位だから」
「なんでだよ」
「凛子ってば物覚えが良いじゃないですか? 一度授業聞いたら忘れないらしいんです」
「あと、大体は問題文見たら解法思いつくし」
「……」
そう言えばこの人、今日の練習も軽く教えただけの初見にしては、やけに動きが良かったっけ。
とんだチートスキルである。
だがしかし、俺は首を振った。
「ダメです。放課後潰されたら練習時間減るでしょ」
「確かに」
「取りに帰りますよ」
「えー、だる」
駄々をこねる凛子先輩。
しかし、そんな怠惰は許さない。
その場の全員で無理やり立ち上がらせ、取りに帰らせることにした。




