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第七十話 から回ってる

 しばらくして顔色が回復した姫希をコートに戻し、再び練習を見る。

 毎日シュートや一対一などをさせても仕方がないため、軽くセットプレーの練習をさせる。

 まぁセットプレーと言うより、パターンオフェンスという奴だな。


 頭にチームとしての動きを叩き込ませ、実戦でスムーズに動けるようにさせるのが狙いだ。


 ちなみに、この練習は結構難易度が高い。

 記憶力や瞬時の判断力が良くないと、上手くいかないことが多いのだ。


「あきら、こっちにスクリーンよ」

「え、えっと」

「あー! 違うわ! そっちじゃなくて!」

「あ、あれ?」


 困惑しながらコートを右往左往するあきらに、声を上げるのは姫希である。

 ガードという司令塔ポジションな姫希には、チームメイトを動かす練習をさせなければならないのだが、肝心の指示が通らないらしい。


 そう、あきらは頭が悪いのだ。


 この練習はIQが大きく影響するな。

 普段のシュート練習等とは違い、頭を使わなければいけない。

 だからこそ、意外な人が活躍する。


「凛子ちゃん、なんでそんなに覚えるの早いんですかっ?」

「どうだろ。特に難しいことは考えてないよ。変な技術がいらないから僕はこの練習の方が得意だな」

「流石学年一位の秀才です! わたしなんて中学時代に覚えたはずの動きを忘れてるのに!」


 姫希と凛子先輩は基本的に頭が良いため、この練習が得意そうだ。

 対照的にあきらや唯葉先輩など、テンパりやすい人は苦手らしい。

 ちなみに俺も結構苦手だ。

 俺の場合、中学時代はワンマンで勝てていたし、チームプレーを覚える必要がなかったという背景もあるが。


 すずに関しては言うまでもない。


「すず、起きなさい!」

「わ、姫希アラーム」

「失礼な事言ってないでやるわよ。そうそう、ここにスクリーンをかけて、そこでロールを――ってどこ見てんのよ!」


 かみ合わず、転がっていく姫希のパス。

 ボールだけでなく言葉のパスも通らなかったらしく、すずは眠そうに首を傾げるだけだ。

 それにイライラする姫希。


「千沙山君ニヤニヤしてないで教えてあげなよ」

「すみません。面白過ぎて見入ってました」


 我ながら酷い性格だが、面白いもんは面白い。

 それに今のこいつらにはかなり高度な要求をしているし、完璧にこなせるとは思ってもいない。

 とりあえず頭を使う練習だな。


「よし、一旦集まr――」


 一度全員を集めて指示を出そうとしたその時だった。

 体育館の扉から顔をのぞかせる男子集団が目に入った。


 あの日以降接触がなかったため、少し気を抜いていた。

 宮永先輩と、その後ろに例の竹原先輩を含むグループだ。


 そいつらはニヤニヤしながら話しかけてくる。


「よう千沙山、三連休なのに熱心だなー」

「……どうも」


 宮永先輩は面白そうに俺達の練習を見渡して続けた。


「でもよ、うちの女バスって三年抜けてくっそ弱くなったんだろ? なぁ凛子」

「ま、まぁね」

「なんで弱いのにそんな練習してんの? 意味なくね?」

「それな。雑魚なのに朝から必死に練習してんのおもろ」


 宮永先輩の言葉にげらげら笑い始める先輩達。

 相変わらず鬱陶しいノリだ。


 姫希やあきらが露骨に嫌そうな顔をしている。

 ふぅ……。


 女子達を横切り、俺はゆっくりと先輩の目の前まで歩いて行った。


「お? どした?」

「……」


 挑発的な視線を投げかけてくる宮永先輩に、俺は昔の事を思い出す。


「すみません。やっぱ俺、まだ子供です」

「は?」


 年上には敬意を払う。

 部活動のタテ社会では当たり前の話だ。

 敬語は勿論、最大限敬った態度が求められる。

 口答えするなんて言語道断、そういう世界だった。

 でも、無理だ。


「弱いから練習するんですよ。弱いくせにロクに練習すらしないで、立場の弱い人間に当たり散らかす人にはわかんないかもしれないですけど」

「……へぇ」


 完全に喧嘩を売った。

 いや、売られた喧嘩を買った。


 余裕のあった宮永先輩の目が座っていく。


「俺達、弱いです。でも勝ちたいんです。だから練習するんです。邪魔しないでもらえますか?」

「……」


 殴られる覚悟はできている。

 そのくらいの気持ちで反論した。


 しかし、いつまで経っても先輩は手を挙げなかった。

 代わりにニヤッと笑っただけだ。


「お前は昔っからそうだよな」


 先輩はそのまま語った。

 俺の目を見ながら真っ直ぐ、俺の何かを抉るように言った。


「中学時代の俺達とお前の差はそれだったのかもしれねぇ。だけどよ、それを強要するのってどーなん?」

「……え?」

「勝ちたいってのはお前の気持ちだろ? こいつらは本気で勝ちたいと思ってんの? お前、から回ってるんじゃねーの?」

「ッ!」

「昔もそーだったじゃねえか。勝ちてえ勝ちてえって言うのはお前だけ。俺らは単にバスケやって遊びてえだけ。その差でずっと浮いてたじゃんお前」


 そうだ、思い出した。

 俺は中学時代、ずっと一人だった。

 俺だけだったのだ。本気で上を狙っていたのは。

 当然だよな。

 だってワンマンチームだったし。


「勝ちたいってのはただの押し付け、お前のエゴなんじゃね? 本気でそいつら、お前に付いて来てんの? 自分の望みを叶えるために人に練習を強要するのって、どーなんすか? ねぇ、千沙山柊喜君」

「……」

「っとあぶねえ。もうこんな時間かよ。早く電車乗らねーと間に合わねーよ。じゃあな真面目なコーチ君」


 好き放題言った後、先輩たちは消えた。


「えっと……」

「練習、再開しますよ」

「気にしないで大丈夫ですからね?」


 唯葉先輩の心配そうな声が少し聞こえたような気がしたが、頭には入ってこなかった。

 その後、俺達は部活を再開した。


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