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第五十五話 怪我の原因

「ああいう輩ってほんと迷惑だよね。やだやだ、部活の疲労がさらに倍になって圧し掛かって来るよ。精神的疲労ってなかなか回復しないし」

「……」

「あの人たちクラスでもよくちょっかいかけてくるんだよ。どんだけ僕の事好きなんだよーって感じ」

「……」

「怖くなかった? 大丈夫?」

「……ちょっと怖かったです」

「やっと喋ってくれた」


 二人で夜道を歩いていると、凛子先輩は苦笑した。

 現在他の部員はいない。

 あれからすぐに先輩達は帰ってくれたので、俺達も解散した。


 あきらは狙われていたし、かなり心配なのだが大丈夫だろうか。

 できることなら送ってやりたかったんだけどな。

 姫希も先輩に噛みついていたし、夜道で襲われなければいいが。

 不安だ……。

 だからと言って凛子先輩との約束もあったし、全員の家まで付き添って送るのかと言うと、それもなんだか違う気がする。


「あきら達なら大丈夫。そもそも唯葉ついてるし」

「心読めるんすか?」

「実は僕、そういうチート持ちなんだ。ピーナッツ好きだし」

「へ?」

「……あ、いや。なんでもない」


 急によくわからん好物紹介が始まって驚いたが、何事もなかったことにされた。

 まぁいい。


「唯葉ちゃんで大丈夫なんすか?」

「あはは。あれでしっかりしてるとこあるんだよ? それにあの男子達も非行少年ってわけじゃない。柊喜君も宮永君の事は知ってるんじゃない?」


 宮永君こと宮永陽太みやながようた

 さっきの同じ中学の先輩だ。


「あの人は……まぁ性格が悪いだけっすね」

「そうそう。ってかさっき柊喜君に童貞臭いとか言ってたけど、宮永君以外は全員童貞だろうし、気にしなくていいよ」


 あえて以外というわけだから、あいつは何かやったんだろうな。

 あの人は中学の頃から絶えず彼女がいたし、以外でも何でもない。


 と、俺は歩みを止める。

 当然先輩も一緒に歩くのをやめて俺の方を振り返った。


「どうしたの?」

「……さっきの話ですけど」

「……」

「俺の事好きってなんすか?」


 俺はアレを聞かなかったことにできるほど大きな心は持っていない。

 問いに対し、先輩は気まずそうに顔を逸らした。


「……俺の事好きじゃないですよね?」

「いや。好きだよ? 可愛いし」

「そういうのじゃないでしょ」

「……ごめん」


 真面目に答えを求めると、頭を下げられる。


「その話、あとでいいかな」

「長くなりますか?」

「ちょっとね」

「いいでしょう。どのみち部活の事話さなきゃいけませんし」

「あ、それもあるんだった」

「おい」


 それも、とはなんだ。

 むしろそっちがメインだってのに。


 つい苦笑すると、凛子先輩も目を細めて笑う。

 その仕草が何とも綺麗で、つい見惚れてしまった。

 ……こりゃモテるのも必然だ。

 成績学年トップで運動部所属のクールビューティー。

 傍から見れば完全勝ち組JKでしかない。


「ってか柊喜君ビビり過ぎ。手がプルプルしてたよ?」

「べ、別にビビってないですし?」

「何そのテンプレ。バレバレだから」


 そっか、手を握られれば気付かれるよな。

 事実、足も手も震えていたんだ。

 恥ずかしい。


「ほら、手握ってあげようか?」

「やめてください。でもまぁ、さっきは話を終わらせてくれて助かりました。どうやったら抜け出せるか悩んでたんで」

「いいんだよ。後輩は先輩に甘えなさい。いつでもこの僕の大きな胸で抱き留めてあげるからさ」


 言われて先輩の胸を凝視した。

 デカい? え?

 再び視線を先輩の顔に移すと、ジト目を向けられていた。


「何見てるの?」

「いや、ボケなのかなぁと思いまして」

「柊喜君、僕に棘強いよね」

「いえいえまさか」

「じゃあ触ってみる? 見るのと触れるのでは全く別物だよ」

「……変な事言わないでください」


 今日は比較的真面目だったのに、気付いたらこれだ。

 断ると凛子先輩は歯を見せて笑う。

 あまりにもイケメン過ぎる笑顔である。


「そう言えば宮永君と柊喜君って何かあったの?」

「……どうして?」

「なんか雰囲気悪かったから。珍しくあきらもピりついてたし」

「……あいつは勘違いしてるんです」


 俺の言葉に優しい顔をする先輩。


「あの人中学の頃の部活の先輩でして。俺、怪我して中学時代に部活を辞めてるんです。結構期待されてたんですけど、そのせいで結果もボロボロで」

「あきら達から聞いてるよ」

「で、その怪我をあきらは先輩の故意的なモノが原因だと思ってます」

「え?」

「練習中にちょっとした事故がありまして。それが宮永先輩との接触事故だったんですよ」

「それは……本当に故意だったの?」

「知りません。そこまでの恨みを買った覚えはないですし。あと、怪我の原因はそれだけじゃないので」


 確かにその事故も怪我の原因の一部だろうが、メインファクターではない。

 だがあきらは怒っている。

 それはその事故云々ではなく、次に放たれた言葉のせいだ。


「二人でぶつかった後、蹲っているところにバカでかい声で怒鳴られましてね。『ふざけんじゃねーぞ! 今のは俺へのパスだろうが! ちょっとうめーからって調子乗んなよクズ! そのまま這い蹲ってろ!』とかなんとか、そんな感じのニュアンスのお叱りを」

「……やけに具体的だね。本当なら最低じゃん」

「さぁ。若干俺も調子に乗っていたので。お互い様でしょう」


 そう、調子に乗っていた。

 だからあの時俺は、激怒した先輩を鼻で笑ったのだ。

 頭に血が上っていたのもあるし、『何言ってんだこいつ』という念も強かった。

 雑魚がしゃしゃり出てくるなと正直感じた。

 年上を敬うという常識をその場で全うできなかった俺が悪い。

 若気の至りだ。


「その声を隣のコートで練習していたあきらも聞いてて。家に帰った後に『大丈夫?』って半泣きで慰められました」

「それは心配になるよ」

「あいつは大げさなんで」


 そうこう話しているうちに、覚えのある道に出る。

 ここ、凛子先輩の家の近くだ。


「……で、今からどうしましょう」

「ご飯食べにいく?」

「いやそれは。幼馴染様があったかい飯を用意してくれるので」

「じゃああんま遅くなれないね。……家あがる?」


 何気ない誘い文句。

 この前のピンク色のお誘いとは雰囲気も違う。

 これは……仕方ない。


「お邪魔します」

「おー、やっと連れ込みに成功だ」


 やはり不安だ。

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