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第五十四話 女の後ろに隠れる

 先輩達と中身のない会話をしながら離れる機会をうかがう。

 だがしかし、なかなか帰してくれない。


「俺も高校はバスケやってねーんだよ」

「そうっすか」

「ほら、俺才能ねーから。たった一人の後輩が壊れただけでゴミ相手に負けるからよ」

「……はは」


 やけに圧を感じる。

 先輩の目は笑っていなかった。

 奥に真っ黒い何かを感じる。

 怖い。


「悔しいよなぁ? 練習中の怪我が原因で選手生命に影響出るとか」

「……そうですね」

「ははっ。まぁコーチなら二度と怪我することはねえか。なぁ?」

「……」


 早く逃げ出したい。

 自分より背は低くとも、先輩を複数相手にすると流石にビビってしまう。

 自分の腰が引けているのが分かり、自己嫌悪。

 今の俺、マジダサいな。


 なんてやっていると、体育館から制服に着替えた女子連中が出てきた。


「柊喜、何やってんの」

「えっと……」

「お、あきらちゃんお久ー」

「先輩……」


 同じ中学という事もあり、あきらと先輩も知り合い。

 俺同様に若干強張った顔を見せたあきらに、先輩はニヤッと笑みをこぼした。


「……なんか嫌な先輩だわ」


 早速姫希のお眼鏡にはかなわなかったらしい先輩。

 露骨に顔を顰める姫希に苦笑が漏れる。

 こいつは素直で良いな。


「ちょっとそこで千沙山と会ったから昔話をしてたんだ。ほら、昔は色々あったから」

「それは先輩が――」

「あ?」

「……いや」


 何かを言おうとするも、先輩の圧に口をつぐむあきら。

 余計な事言わなくていいのに。


「後輩に何迷惑かけてんのさ」

「凛子じゃん。お前を待ってたんだよ」

「……何か約束してたっけ?」


 眉を顰める凛子先輩に、先程の竹原先輩が出てくる。


「こいつが用あるんだと」

「竹原君」

「よ、よう……」


 竹原先輩がニヤニヤ笑みを浮かべながら手を挙げると、凛子先輩は目を見開いた。


「えっと……この前の話?」

「オレ、やっぱ凛子ちゃんのこと」

「ちょっと待って。……みんな聞いてる」


 話を中断させる凛子先輩を見て、ぽかんとする姫希、あきら、すず。

 と、そこで唯葉先輩が出てくる。


「わー! やめましょう! 後輩が聞いてます!」

「唯葉たん可愛いね。飴あげよっか?」

「い、いりません!」


 ガキ扱いを受ける憐れなキャプテン。

 この前凛子先輩から聞いた”唯葉たん”呼びは事実だったらしい。

 顔を真っ赤にして慌てる唯葉先輩、可愛い。

 確かに飴ちゃんをあげたいな。


 場がしらけてきたのをきっかけに凛子先輩が俺の手を取る。

 突然の暴挙に思わず声が出た。


「僕、今日は柊喜君と用があるから」

「……つ、付き合ってるの?」

「違うけど。仮にそうでも竹原君に話す必要ある?」

「い、いや」


 どうするんだと言わんばかりに周囲の男子を見る竹原先輩。

 しかしながら、みんなヘラヘラしているだけだ。


 そこで中学時代の先輩が口を開く。


「つーかマジで女子とつるんでるんだな」

「コーチなので。遊びではありません」

「ははっ、童貞丸出し解答でクソ笑うわ。だからあんなやべえ女に付きまとわれてんのか」

「……いやそれは」

「せっかくこんないい女たちに囲まれてんのに勿体ねえ。ほんと昔っから遊び心がねえっつーかつまんねぇっつーか」

「えっと……はは、そーっすかね」


 やっぱり苦手だこの先輩。

 と、萎縮しまくって苦笑いしているところに飛び出してくる奴が一名現れる。


「さっきから何よあんた」

「ん? 姫希ちゃんだっけ? そんなに怒ってどーしたん?」

「あんたが柊喜クンに好き放題言ってるからでしょ!? 何があったかなんて知らないくせに!」

「えー、こわ」


 俺を守るように立ちはだかった姫希を見て、先輩は笑ってくる。


「女の後ろに隠れんなよだっせー。ってか俺がいじめてるみたいじゃん」


 先輩がやれやれと肩を竦めると、凛子先輩が言った。


「じゃあもう帰るね? 僕たち用事あるから」

「はいはい」

「り、凛子ちゃん。いつ話せる?」

「……例の件なら僕の気持ちは変わらないよ」

「それは、そいつが――その千沙山柊喜の事が好きだから?」


 唐突に出てきた俺の名前に隣の凛子先輩の顔を見る。

 彼女は斜め下を見ながら小さな声を漏らした。


「……そうだよ」

「えっ?」


 真っ暗な世界で、俺の口から漏れた音がやけに響いた。

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