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第四十四話 二人っきりのお泊り

「週末、泊ってもいい?」

「は?」


 金曜の夜のことだった。

 あきらお手製のハンバーグを平らげた後、ソファでぼーっと動画を見ていると、急におかしなことを言われて俺はフリーズした。

 隣に座る幼馴染の顔をじっと見つめる。


「え? なんか顔についてる? 変な顔してる?」

「いや、普通だ。だから怖い」

「えー、なんでよ」


 なんでよって、なんだよ。

 泊まりたい? 週末に? それはつまり今日から?

 色んな疑問が頭を駆け巡るが、問題はそこじゃない。


「お隣にお泊りってなんだよ」

「家に帰りたくなくってさ」

「親と喧嘩でもしたのか?」

「まぁそんなとこ」


 俺達も高校生だ。

 親と喧嘩したり、家が少し居心地悪く感じて外に出たくもなるだろう。

 だがしかし、何故俺の家。

 自分の部屋に引き籠っているのと大差ない距離だろ。


「友だちの家行けよ」

「今週末三連休だし、邪魔になっちゃうよ」

「俺の邪魔になるとは思わないのかね」

「だって三日とも一緒に練習じゃん」

「じゃあ凛子先輩の家とか」

「襲われそう」

「確かにそうだな……」

「それに柊喜はいつも家に引き籠ってて暇じゃん」

「余計なお世話だ」


 失礼な事を言う奴だ。


 実際、俺達はこの三連休で毎日練習だし、同じ部活なわけだから行動スケジュールも同じ。

 加えてあきらが毎回わざわざご飯を作りに来てくれる手間を考えると、一緒の家にいた方が効率がいいまである。


「ってかなんでそんなに嫌がるの? もしかして新しい彼女できた?」

「ちげーよ」

「じゃあなんで? この前は姫希泊めてたじゃん」

「それはッ! ……って、別に嫌がってもない」

「じゃあ泊まるよ?」

「好きにしてどうぞ」

「りょーかいっ! 今からお母さんに言ってくる! 用意もするからちょっと待ってて!」


 ニコニコしながら走って行くあきらの背中を見て、俺は苦笑を漏らす。


「喧嘩したんじゃなかったのか」


 急に泊まりたいだなんて、よくわからない奴だな。

 そもそもお泊りなんていつ以来だろう。

 小学校二年生の頃にあいつの家に泊めてもらった時だろうか。

 あの時はまだお互い小さかったし、一緒にお風呂に入って一緒のベッドで寝たっけ。

 ……うわぁ。今思い出すと悶絶ものである。

 仲良すぎだろ俺達。


「はぁ」


 俺は再生していたスキルトレーニングの動画を一旦停止し、そのまま考えた。


 部活もそろそろ次のステップを踏まなければならない。

 姫希以外への個別指導は勿論だが、今一番不足しているのは実戦練習だ。

 五対五の試合感覚を育む必要がある。


 そうなるとやはり課題となるのは五人目の存在で。


「結局八方塞がりだな」


 ボソッと呟きながらスマホを見た。

 連絡アプリの部活グループにはたくさんの名前がある。

 それなのに、実際に参加しているのはマネージャー含め五人。

 どうなってるんだマジで。


 と、そこで視界の端に元カノとのチャット欄が映った。

 あいつ、今日も学校来てなかったけどどうしているんだろうか。


 言ったことに後悔はないし、これで未来が不登校になろうと自業自得だとは思うが、気にならないかと言われれば否だ。


 とかなんとか考えていると、バッグを持ったあきらが戻ってくる。


「ただいま!」

「おかえり。元気だな」

「勿論だよっ! これで課題しろってガミガミ言われなくて済むから」

「俺の家は避難所か」

「あはは。それじゃよろーっす」

「はいはい」


 脱衣所に駆け込み、一分も経たずに出てくる。

 あっという間に部屋着姿だ。

 正直見慣れているため、違和感すら覚えない。

 泊りと言えど普段会う頻度を考えると大差ないからな。


「ってかお母さんも不用心だよね。年頃の男の子の家で二人っきりって言うのに」

「なんにも起きないって分かりきってるからだろ」

「どうかな。何が起きてもいいんじゃない? 昔から言ってたじゃん。柊喜にうちの娘もらってねーって」

「軽いノリだろ。実際、幼馴染婚とかないない」


 一緒に暮らすのは可能だし、楽しい生活を送ることも可能だろう。

 でもやはり、結婚と言うとその先を考えてしまう。

 俺は子供も欲しいし、そうなったらやはり色々な。


 隣で無防備にスマホを弄っているあきらを見ると、改めて痛感した。

 こいつと色恋沙汰なんてありえない。


「ないよな、ない」

「そーだね」


 しみじみ反芻しながら復唱すると、のほほんとした返事が返ってきた。

 リアルな距離の幼馴染なんてこんなものである。

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