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第四十話 カッコよかった

 その日の放課後、体育館には俺と姫希の二人しかいなかった。

 たった一つの寂しいドリブル音だけが響く半面コート。

 横で女子バレー部が練習しているのが余計に切なさを煽る。


「……何故だ」

「あきらは委員会。先輩は集まりがあるらしいわ」

「二人っきりだな」

「そうね」


 あえて嫌がるような言い方をしたのに、無表情で練習をこなす姫希。

 おかしい。

 いつもなら『キモい言い方しないでくれるかしら?』とか『サイテーなんですけど』とか言ってくるはずなのに。

 さてはこいつ、姫希じゃないな。

 あきら辺りが変装している説にかける。


 いや、ない。

 おっぱいの大きさが違う。

 姫希もまぁまぁデカいが、こいつは服の上からではそこまで目立たないタイプだ。

 何を着てもぼいんと大きさが伝わる幼馴染の姿とは似ても似つかない。


「何よじろじろ見て」

「いや、練習熱心だと思ってさ」

「……才能ないとか言われたから」

「そんなことないぞ。よし、シュート練習するか」


 せっかく綺麗なゴールがある施設を独り占めできるんだ。

 たまにはシュート練習をしてもいいだろう。


「スリーポイント打ってもいい?」

「ダメだ。レイアップの練習」

「はぁ、つまんな」

「何事も順番だ。まだその領域に到達していない」


 俺は女子用の若干小さいボールを指になじませる。


「外から打った方がたくさん点が入るわ」

「お前数学得意だろ? 成功率10%のスリーポイントと成功率50%のレイアップを十本ずつ打ったとして、どうなる?」

「三点と十点って言わせたいのかしら。でも確率って言うのはそんな正確な数値にはならないわ」

「でもどっちが得点しやすいかはわかるだろ?」

「はいはい」


 諦めたように首を振る姫希に苦笑する。

 やりたいプレイをさせてもらえないっていうのは選手にとってストレスだ。

 加えて俺達はプロじゃない。

 偉そうなことを散々言ってきたが、部活に重要なのは勝利よりも楽しさである。


「フリーのゴール下を外さなくなったら練習を許可する」

「……どうも」

「さっきの才能の話に戻るが、できるポジションだってそいつの性格とか癖で決まってしまう。例えば猫背の奴は下を向きがちだから視野が狭く、ガードをさせるとロクなことにならないとか」

「ふーん」

「お前はその点頭は良いし、周りも良く見えている。それは天性のものだ。誇っていいぞ」

「コーチだとはわかってるけど、やっぱり少しむかつくわ」


 上から目線で物を言い過ぎたか?

 反省していると姫希は俺の隣にやって来る。


「昨日はありがと」

「何がだよ」

「あんなに語気を強めて怒ったの、あたしのためなんでしょ? みっともないとこ見せちゃったわね」

「……俺のせいだから」

「下向かないでくれるかしら? あーあ。せっかく朝はカッコよかったのに、またダサい柊喜クンに戻った。そんなだからつまんないって言われるのよ」

「悪かったな」

「いいのよ。昨日と今朝はカッコよかったから。ついにクラスメイトに全部ぶちまけてくれて、見てるこっちも爽快だったわ」


 ニコッと笑顔を向けてくる姫希。

 彼女はそのまま言った。


「合格よ」

「え?」

「言ったでしょ? カッコいいとこ見せなさいって」

「……あ」


 思い出した。

 初めて部活に参加した日の事だ。

 姫希の着替えに遭遇してしまったあの時、こいつは言っていた。

 数日間様子見してあげる、カッコいいとこ見せろ、と。


「まだお試し期間だったのかよ。とっくに認められてると思ってたぜ」

「はぁ? 雨を利用して家に泊めさせたり、コーチングを理由に体を触ってくる胡散臭い男子高生を誰が認めるのかしら?」

「全部不可抗力だろうが! お前だって俺の全裸見たくせに!」

「それはその……もう忘れたわ」

「嘘つけ!」

「本当よ!」


 互いに声を張り上げて言い合い、笑う。

 俺達もなんだかんだ仲良くなれたんだな。


「今朝はびっくりしたぞ。好きとか言うもんだからさ」

「……」

「あんな事言ったら勘違いされるぞ?」


 軽い気持ちでそう言った。

 しかし、俺を見つめる姫希の顔に笑みはない。


「……違うわよ」

「え?」

「別に勘違いじゃないもの」

「……は?」


 何を言ってるんだこいつは。

 だってそうだろ? 俺の事はあくまで部員として大切。

 色恋とは別の強固たる絆の意味の”好き”だよな?


 しかし、彼女は何も言わない。

 顔を真っ赤にしながら、俺を見つめて。


「あ、ち、違うわ。変な意味じゃないから! 君の事は嫌いじゃないし、好きって言ったのも本心よ! でも昨日言ったでしょ? ”嫌いじゃない”じゃなくて”好き”って言いなさいって。それを実行しただけ! わかったかしら? そこに変な意味はない! LikeよLike!」

「……」


 早口で捲し立てる姫希は言いたい放題言った後に、逃げるように走っていく。

 上手くなったドリブルをついてゴールまで。

 そしてバスケの最も基礎的なレイアップシュートを打って外した。

 リングに当たったボールがそのまま跳ね返って姫希の頭部を直撃。

 倒れ込む姫希は、そのまま両膝をついて言った。


「……これからは大事なコーチとして、頼りにしてるから。がっかりさせないでよね」

「精進します」


 これは猛練習しなきゃ、県大会優勝なんて夢のまた夢。

 相変わらず高飛車で絡みづらい姫希を見ながら、俺は苦笑を漏らした。

 さて、まだまだこれからだな。

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