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第三十四話 思わせぶり

 三人で駄弁りながらご飯を食べ終える。

 店の外に出ると、唯葉先輩はスマホを見た。


「あ、わたしはここで」

「どこか行くんですか?」

「塾です! お勉強も大事ですから」


 ぺったんこな胸を張って言う先輩に感心した。

 部活をしながら勉学にも励むとは素直に尊敬である。

 それも塾通いとは、ハードなスケジュールになっているだろう。


「唯葉ちゃんは成績良いんすか?」

「えっと……悪くはないんですけど、凛子の前じゃ言いにくいと言いますか」

「え?」


 名前が挙がった凛子先輩を見ると、彼女はあははと笑いながら頬を掻く。


「一応僕学年一位だから」

「えぇッ!?」

「ちょっと待て。失礼だなぁ」


 心外そうに頬を膨らませる凛子先輩。

 確かに申し訳ない反応を見せたが、驚きを隠せない。


「わたしは上の下といったところなので」

「二人とも成績良いんすね。意外です」

「ねぇ柊喜君、さっきから僕達に喧嘩売ってるよね?」

「まさか」


 本当にただ驚いているだけだ。

 そして感心している。

 流石先輩、見習わないとな。


「あ、こんな所で油を売っていると遅刻してしまいます! さよなら!」

「おつかれ~」

「今日はありがとうございました」


 とてとてと走って行く後ろ姿はあっという間に消えた。

 キャプテンは足が速いらしい。


 と、そこで俺と凛子先輩の二人が残された。


「えっと、どうします?」

「送ってよ、男の子でしょ?」

「……いいですけど」


 なんというか調子が狂うな。

 ボーイッシュでカッコいい凛子先輩にだからこそ、こんなことを言われると違和感があるというか。


 一緒に夜風に当たりながら歩くと、彼女はうーんと伸びをする。


「いっぱい食べたから眠いや」

「凛子先輩は帰ったら勉強するんですか?」

「しないよ。学校のテストくらい課題やって授業聞いてたら満点取れるし」

「……今色んな人を敵に回しましたね?」

「あはは。ってか、夜は結構涼しいよね」


 一応九月だし、夜は若干涼しくなってきた気がしなくもない。


「手、繋がない?」

「はぁ?」

「何その反応。ショックだなぁ」

「意味わかんないでしょ。色んな意味で」

「具体的には?」

「そりゃ、付き合ってもないですし、普通に暑苦しいですし……」

「はぁ、つまんな」


 ため息を吐かれ、妙に緊張した。

 つい先輩の姿を付き合っていた頃の未来に重ねてしまった。

 そういえば過去も似たような展開になったことがある。


「り、凛子先輩こそ俺と手なんか繋ぐの嫌じゃないんですか? ほら、同学年の人に見られたら付き合ってると思われるかもしれないですし」

「別に。てか、何回も言ってるじゃん『キスしよ?』って。キスしたい相手と手繋ぐの嫌なわけないでしょ」

「……色々おかしいっすよ」


 この先輩と一緒にいると胸がドキドキする。

 どういう感情なのか自分でもわからない。


 凛子先輩はそんな俺にピタッと体を寄せてくる。


「ね、着いた」

「え?」

「うち着いちゃった」

「あ」


 ふと見るとマンションがあった。

 ここが先輩の自宅らしい。


「あぁ、じゃあ俺はここで」

「あがって行かない?」


 帰ろうとする俺に聞いてくる凛子先輩。


「は?」

「あはは。別に期待してるようなことはする気ないから」

「何も期待してないですけど」


 平静を装って答える。

 と、彼女はそのまま手を後ろで組んで言った。


「それとも忘れさせてあげよっか? 元カノちゃんの事」

「……ふざけた事言ってないで帰ってどうぞ」

「はぁ、可愛くない」


 揶揄い甲斐がなくて諦めたのか、先輩は緩い顔で笑う。


「いつでも言ってよ。僕は柊喜君の味方だから」

「ありがとうございます。……でも、俺の恋愛事情よりも前に、自分の部活についての事を考えてください!」

「それもそうだ」


 バイバイと手を振りながら去って行く先輩。

 彼女の姿が完全に見えなくなった後、俺は速足でその場を離れた。


「……なんなんだあの人」


 どこまで本気なんだ一体。

 俺が勘違いをして本当にキスしたり手を繋いだりしたらどうする気なのか。

 揶揄っているだけにしても、流石に度が過ぎている気がする。

 わからない。

 何を考えているのか全く分からない……。


「はぁ……」


 正直ここ数日でかなりメンタルにキているし、美人な先輩に迫られると色々ドキドキしてしまう。

 本気じゃないなら本当にやめて欲しいものだ。

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