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第二十九話 夜の駆け引き

 練習後、他の部員と別れた後に俺と姫希だけは別行動をとっていた。

 軽く汗を拭いて二人でバスに乗る。

 少し離れた位置にある公園を俺は二人の練習場所に選んだ。


 目的地に着くと、姫希はぼそっと呟く。


「何よここ」

「良い穴場だろ」


 古い公園だ。

 ボロボロのネットが申し訳程度に付いているバスケットゴール。

 スリーポイントのラインすら施されておらず、あまり良い環境ではない。

 しかし、だからこそメリットもある。


「ここなら誰も来ない」

「それはそうね。なんでこんなとこ知ってるのよ」

「昔、知人に連れて来てもらったことがあって」

「ふーん」


 興味無さげに姫希はバッグをガサガサ漁る。

 出てきたのは学校から持ってきた外用のバスケットボール。

 一応学校の備品であるため、本来持ち出し禁止だ。


「で、なんの練習をするのかしら?」

「一対一だな」

「……まさか、君と?」

「勿論だが」


 バッグを放って、ゴールを背に姫希の前に立つ俺。

 彼女はそんな俺を見て顔をひきつらせた。


「何やってるんだ。時間が惜しい。攻めてこい」

「男女の差があるでしょ」

「はぁ? 俺は先月まで帰宅部だったんだぞ」

「身長デカいし」

「そんな事言ってるから城井先輩に勝てないんだ」

「凛子先輩と同じにしないでくれるかしら。一応聞いておくけど、千沙山クンの身長は?」

「189.8センチメートルだ」

「いや、無理」


 ボールを持って首を振る姫希。

 この前は『よろしく』なんて言っていたくせに、随分と弱腰だ。


「そりゃ身長百五十センチ台のお前からすればデカいかもしれんが」

「百六十はあるわよッ!」


 ブチギレて持っていたボールを投げつけられた。

 みぞおちに当たって結構痛い。


「はぁ……で、どうすればいいの?」

「とりあえず十点先取でやろう。負けた方がジュース奢りだ」

「わかったわ」

「先攻は譲ってやる」


 投げつけられたボールを返して1on1スタート。

 ボールを構えて攻める機会を狙う姫希の腰に、俺は手を当てる。


「ちょっ! キモい! 触んないで!」

「いや……それじゃディフェンスできないだろ」


 一々大声を出すのはやめて欲しい。

 気を取り直してもう一回だ。


 大きく左手でドリブルしてくる彼女の進行を防ぐべく、俺は体を使って正面に入り込む。


「きゃっ」

「……」


 当然俺にぶるかる姫希。

 彼女はそのまま尻もちをついた。

 転がっていくボールを俺が掴んで、攻守交替。


「へったくそだな。あと体幹が弱い」

「……ほんと最悪」


 文句を言う姫希を見下ろすと、若干涙目になっていた。

 もうちょっと優しく教えてあげよう。


「大丈夫か? 怪我してない?」

「大丈夫よ。痛かったけど、このくらいじゃへこたれないわ」

「次は俺が攻めるから、頑張って守れ」

「……ずっと思ってたけど、君ってなんなの?」


 シンプルに尋ねられた。

 そう言えば姫希には中学までの話をしていなかったんだっけ。


「元々バスケやってたから」

「知ってるわ。あきらが言ってた。めっちゃ上手って」

「おう」

「……なんで自分でやらないの?」


 当たり前の疑問を抱く姫希に、俺はボールを投げる。


「続きやるぞ」

「ちょっと、教えてよ」

「俺に勝ったらな」

「はぁ? そんなの意味わかんな――」


 俺と姫希の身長差はかなりある。

 だから、恐らく彼女がディフェンスをしようと腰を落とせばアレが見えるはずだ。


「え、あ……」

「よし、行くぞ」


 俺の右足には今もサポーターがまかれている。

 別に普段からつけるほどではないが、一応念のため体育の授業など、運動の際には着用しているのだ。


 そのまま俺達は五分ほど一対一をし、すぐに決着はついた。

 10対0のボロ勝ち。当然の結果である。

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