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第二百十七話 後悔してない

 体育館で待っていると、入り口に人影が見えた。

 その影はちょっとぎこちなく、それでも俺の方に近づいてくる。


 緊張が容易に確認できる硬い表情だが、それは俺の顔を見てすぐに柔らかくなった。

 ふにゃっといつもみたいに幼げな笑みを漏らす。

 可愛い。

 俺に絶大な信頼を置いているのが分かる。

 俺の事大好きなんだなってのが、この顔だけで丸分かりだ。


 だからこそ、苦しいんだけどな。


「待った?」

「ううん。大丈夫だよ」

「えへへ。見て、髪弄ってきた。可愛い?」

「……」

「ん? 似合ってない?」

「……」


 くるくる回りながら髪を見せてくるすず。

 いつかの合宿(笑)を思い出させるハーフアップにした髪と一緒に、制服のスカートが揺れた。

 だけど、俺は口を開かない。


 何も言わない俺にすずは首を傾げた。

 もう、見てられない。

 明らかに何かを感じ取ったすずの顔なんて、見たくない。

 だけど、見なきゃならない。

 逃げない。

 俺は正面からじっとすずの顔を見た。


「すず、お前とは付き合えない」

「……うそ」

「他に好きな子がいるんだ」

「……」


 今度はすずが黙る番だった。

 理解が追い付かないのか、口を閉ざしてそのまま辺りを見渡す。

 そしてもう一度俺を見て、困ったように笑いながら聞いてきた。


「え? すずと付き合ってくれるんじゃないの?」

「あぁ」

「……すずより、好きな子いるの?」

「うん」

「すず、こんなにしゅうきの事大好きなのに?」


 既にすずは涙目だった。

 顔を歪めながら『嘘でしょ?』と言わんばかりに笑いかけてくるすずに、俺は首を振る。


 残酷だが、恋愛の世界にそんな法則はない。

 自分が好きだからと言って、相手も同じ愛情を注いでくれるわけではないのだ。

 俺も痛感したことがある。

 散々空回りして、思い知った。

 もっとも、断る側にもこんなに精神的負荷がかかるとは、俺の記憶にある元カノの態度からは想像もつかなかったが。


「すず、ずっと信じてた」

「うん」

「しゅうきはすずを選んでくれるって信じてた。すずの事一番大好きだと思ってた。これから正式に付き合えるって、疑ってなかった!」

「そっか」

「だから物凄くショック。なんか……変な感じ。フラれて絶望してるのに、夢なんじゃないかってふわふわしてる」


 現実が受け入れられないのだろう。

 告白するって、すごく勇気がいる事だ。

 そんな事をして、さらにみんなの前で正々堂々、俺に好きになってもらおうと努力してきたすず。

 今の辛さは言葉にはできないほどだと思う。


「すずね、昨日の夜色々考えてた。しゅうきと付き合ったら何しようって。でね、まずは同棲するでしょ」

「初めが同棲なのか……」

「ん。それで毎日すずが朝ごはんとお弁当作ってあげるの。で、寝室で寝てるしゅうきにちゅーして、二人でイチャイチャして学校に行く」


 なんとまぁ、朝から消費カロリーの高そうな生活である。

 そんな赤裸々な妄想をすずは淡々と真顔で語った。


「学校に着いたら同じクラスでいつもお話しする。部活の時は独り占めできないけど、まぁみんなならいいや。でも終わったら毎日一緒に帰る。そのままスーパーに寄って食材買って、ご飯作って一緒に食べて、一緒にお風呂入って、それで夜は一緒のベッドで寝る」

「四六時中一緒じゃねえか」

「ん、嫌?」

「あぁ。疲れて過労死しそうだ」

「えへへ。一緒のお墓にも入りたい」

「おい、そういう計画の元の生活プランだったのか?」


 恐ろしい奴だ。

 好きな人を殺そうとするとは。

 いや、たまに昼ドラとかであるよな。

 誰かに取られる前に殺して独り占めする、的なやつ。

 リアルで計画する化物がいるとは思わなかった。


 なんて、そんな冗談を言い合って、すずは久々に笑みを見せた。

 頬を伝う涙が、少し大人びて感じる。


「やっぱしゅうきはツッコんでくれてる時が一番好き」

「そっか」

「楽しい。こんなに辛いのに、自然と笑ってしまう」


 強い子だ。

 正直、もっと取り乱すかもしれないと思っていた。

 だけど、こうして気丈に振舞おうとする姿に、俺は頭が上がらない。

 そう言えば大会も、こいつの強さに助けられたんだよな。

 怪我をしてコートからベンチに下げようとした時に、凄みのある表情で睨まれたことは、恐らく死ぬまで忘れないと思う。


「あのねしゅうき」

「うん」

「すず、しゅうきのこと好きになってよかった。後悔してない」


 すずは涙をいっぱい流しながら笑って言った。

 元々幼く、重たそうな瞼が、どんどん腫れていく。


「しゅうきのこと好きなのは勿論だけど、すずはしゅうきのことが好きなすずのことも好きだから。好きな自分を見つけさせてくれて、ありがと」

「……そっか」

「えへへ」


 こんな状況になっても笑顔でお礼を言ってくるすずに、物凄く心が揺れた。

 すずのことが好きになりそうだとか、そんなふざけた揺れではない。

 単純に、嬉しくて、泣きそうになった。


「すずはしゅうきに出会うまで好きな人とかできたことなかった。これからもできるかどうかはわからない。でもきっかけをくれたのはしゅうきだから。すずに変わるきっかけをくれたのはしゅうきだから」


 すずは涙ながらに続ける。


「部活だって昔は頑張れなかったけど、しゅうきがチームの大切さとか教えてくれたから頑張れるようになった。多分、しゅうきがいなくなってもすずはもう頑張れる。強くなれたもん。それに、人と協力することの楽しさとか、努力して見える景色とか、恋愛だけじゃなくて色々教わった。しゅうきはすずの大好きな人で、尊敬するバスケの――ううん、人生のコーチだから」

「……あ」

「ずっと、大好きだもん」


 すずは言い終えるとニコッと笑って、それから泣いた。

 声を上げて泣いた。

 さっきまでとは違って、ダイナミックに。

 聞けば聞くほど想いの強さは伝わったし、俺もそんなすずのそばにずっといた。

 泣き止むまで、慰めはしないが、その場から動かなかった。


 しばらくして、すずは泣くのをやめた。

 立ち上がっていつもの無表情に戻る。


「でもしゅうき、一つだけ忘れないで」

「え?」

「仮に今すずがフラれても、諦める理由にはならない。積極的にアプローチはしない。彼女になる子に迷惑だと思うし、しゅうきにも迷惑かけちゃうから。でも、大好きの気持ちはそう簡単になくならない。だから、ずっと好きでいるから。もしチャンスができれば、また告白する」

「油断できないな」

「バスケの大会と一緒でしょ? チャンスは一回きりじゃ、ないもんね。まだあと二年間もあるんだから」


 すずらしいと言えばすずらしい。

 どこまでも真っ直ぐで、へこたれない。

 その素直さと負けん気が一番の長所だから。


「えへへ」


 すずは全て言い終えると、満足したのか緩い笑みを零した。

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