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第二百十一話 試合終了のブザー

 後半も、大して流れは変わらない。

 今までにやってきた練習を駆使し、なんとか10~20点差を保ってはいるが、だからと言って追いつけるわけでもない。

 会場全体に無理だな……というオーラが漂ってくる始末。

 そして、それは俺達も同様だった。


 上手く行き過ぎていたのだろうか。

 弱小校だった俺達がここまでやって来れただけ、上出来だったのか。


 ……いや、そんなわけがない。


 俺は、こいつらの事を八ヶ月間ずっと見てきた。

 練習だけでなく、学校生活から放課後まで。

 一緒にご飯を食べて、お泊り会をして、テスト前に勉強会をして。

 そんな中で諦めずにバスケに向き合ってきたこいつらを、俺は知っている。

 俺が認めてあげなくて、どうするのか。

 俺が信じてあげなくて、どうするのか。


 みんなは俺を認めてくれているし、信じてくれている。

 それに応えるのがコーチの仕事だ。


 目の前では、丁度あきらが相手にあっさり抜かれて、失点した。

 体力的にも精神的にも折れかけているのか、膝が笑っているのが分かる。

 そして、誰もそんなあきらを励ましはしない。

 する余裕すらないといった様子だ。


 会場には割れんばかりの歓声が轟く。

 全部相手チームへの応援だ。

 俺達のチームを応援する声なんて多少あったとしても、かき消されている。

 雰囲気が、既に相手の勝利を疑いもしていなかった。


 そんな時だった。


 相手のシュートが外れ、偶々コート外にボールが転がって行った。

 そして、そのボールを一人の少女が取り上げる。

 バスケの試合会場には少し異質な、私服姿の女子高生だ。

 そいつはヘアピンで前髪を留めたスタイルで、コートに向かって口を開いた。


「頑張ってよ」


 目の前にいたあきら達が目を見開く。


「このままじゃ負けちゃうよ」

「……うん」

「このままでいいの? あんなに頑張ってたのに。しゅー君と一緒にずっと練習してたじゃん。私、優勝すると思ってたから応援来てたんだけど」


 さっきまで上の階で応援していたはずなのに、いつの間にコートのあるフロアに下りて来ていたのだろうか。

 そして、相変わらず言葉選びが下手な奴だ。

 だけど、その言葉を受けて選手たちの顔つきが変わった。

 同時に観客席から聞き覚えのある声が聞こえる。


「凛子ちゃん! オレ、応援してるよ!」

「唯葉たんも頑張れー!」

「私達には散々決めてたんだから、決勝でもスリー見せなよ!」

「六番の子、頑張れ!」


 うちの男子バスケ部や竹原先輩の応援。

 それに続いて、以前あきらに嫌がらせをしてきた女子バスケ部の人も応援してくれたし、一昨日の試合ですずに怪我を負わせた子の声もあった。

 最後にその場に立っていた未来が、じっと姫希を見る。


「絶対勝って」

「当たり前よ」


 ふんっといつも通りの反応を見せる姫希。

 だけど、若干口元に笑みが浮かんでいた。


 あぁ、そうか。

 あと一押しって、こういうことか。

 外からの応援の声が足りなかったのか。


 一瞬試合が止まって静まり返った今がチャンスだ。

 それに乗じて俺は声を張り上げた。


「お前ら、全員左手首に巻いてるリストバンドを見ろ! 辛くなってもお前らは一人じゃない! 仲間がいるし、俺も信じてるし、応援してくれる人たちもいるんだ! だから、最後まで走れ!」


 結局、俺にできるのは声を出して鼓舞し、信じる事だけだ。

 だけど、それって大切な事だと思う。


 俺の声に全員頷いて見せた。

 それを見て、確信めいたものを得た。

 もう大丈夫だ。


 俺はベンチに座りなおし、再開した試合を見る。


 すぐにあきらがやや厳しい体勢からスリーポイントシュートを沈め、点差を縮めた。


「いい感じだね」

「応援してくれてる皆に感謝です」

「そうだね。それに、応援したくなるほど頑張った唯葉達が凄いんだよ」


 朝野先輩の言葉に俺は大きく頷く。

 応援されるっていうのは簡単な事じゃないのだ。

 そこに至るまで、辛い練習を乗り越えて、ようやく他人に理解してもらえるんだから。

 そういう意味では俺と朝野先輩の努力もあるだろうし、このチーム全体の頑張りの成果だ。

 嬉しいな。


 続くディフェンスターンだが、今度は凛子先輩の驚異的なブロックで抑えることができた。

 疲れていたはずだが、応援されてアドレナリンが出たのか、見事なパフォーマンスである。

 そのまま唯葉先輩がカウンターでレイアップを沈め、28対36と、ついに一桁点差にくらいつくことができた。


 完全に流れが俺達の方に向き始めた。



 ◇



 第4クォーターへのインターバル。

 口を開かずに汗を拭ったり水分を取ったりする女子達に俺は考える。

 ラスト10分間、どう戦う指示を出すべきだろうか。

 残り8点をひっくり返すには、得点は勿論だが、守備も完璧にこなさなければならない。


「柊喜」

「どうした?」


 あきらに呼ばれて首を傾げると、彼女は真顔で言う。


「最後のクォーター、あんまりシュート打たなくていい?」

「え?」

「あ、いや。チャンスがあれば打つんだけど、積極的に行くのはやめた方が良いかと思ってさ。このままだと絶対最後まで接戦になる。そうなったら、最後に逆転シュートを打つのは私じゃなきゃいけない」

「まぁそうだな」


 うちのチームで一番シュートが上手く、確率が高いのは、言うまでもなくあきらだ。

 自分で言うなんてなんて傲慢な奴だと感じる人もいるかもしれないが、俺達は当然だと頷いた。


「だから、最後に万全の調子でスリー決めたいから休ませて」

「……」


 正直、ありえない提案である。

 あきらが休むという事は他4人の負担が、単純計算でも約1.25倍になるという事だ。

 あまりにも自己中な話。

 もっとも、言わん事はわかるが、そんな事をしようものならそもそも点差が縮まらない可能性もある。


 しかし、そんなあきらにうちの小さなキャプテンは立ち上がった。


「わかりました。その間はわたしがスリーポイントシューターとしての役割も担いましょう。十分に休んでください」

「ありがとう唯葉ちゃん」

「いえ、当然です。だからその代わり、その際のボール運びやガードの役割は全て姫希に任せます」

「はい」

「僕はとりあえず走っておくよ。一瞬でもフリーになったらすぐパス出して。レイアップ決めるから。相手には190センチもある大人げないディフェンスがいないからね」


 俺の顔を見ながら茶目っ気たっぷりに言う凛子先輩。

 確かに、俺ほど性格の悪い奴は相手にいないだろう。

 男女の差も考えずに結構厳しいコーチングをしていたが、全てはこの日のためである。


「すずはあきらのフォローに行く。すずが相手に、あきらがシュートを打つかもって思わせられたら上手く騙せる。しゅうきに前言われたもん。素直過ぎるって」

「そこはすずに任せるわ。でもあきら、相手が油断してたらパス出すから打ちなさいよ」

「うん」


 それぞれ自分の役割を確認し合って完結してしまった。

 もはや俺の存在なんていらない。

 キャプテンが優秀過ぎて、雰囲気作りも作戦会議も選手たちがやっている。


「ははっ」


 頼もしすぎて笑いが漏れてきた。

 俺はそんな彼女たちに補足をする。


「うちのチームは仲が良いし、多少無茶な連携も多分できる。大事なのは、味方を信じる事だ。確かに基礎は相手に遠く及ばないが、全員一芸に長けている。自信を持っていこう。自分に自信が無くなったら、俺を信じてくれ」

「ん。しゅうきが教えてくれたんだもん。負けるわけない」

「あぁ」


 すずの言葉に全員頷き、気合を入れた。

 そして最終クォーターへ、出発した。



 ◇



 ラストは拮抗した試合展開となった。

 互いにネタを出し尽くし、スタミナ切れで思うようにプレーできなくなってくる。

 だけど、頑張った。


 唯葉先輩はスリーポイントシュートを確実に沈め、姫希もドリブルからミドルシュートを2本も沈めた、

 あの下手くそだった姫希が、だ。

 それに、凛子先輩もレイアップを3本決めた。

 マンツーマンで教えている時に俺の体をペタペタ触っていた、テキトーな先輩の面影はない。

 そして、すずも同様だ。

 俺が教えたプレーや、以前お手本として見せたプレーを完全に自分のモノにしていた。

 恐らく自宅でも弟君と練習したんだろう。


 そんなわけで、残り10秒で43対45というワンゴール差まで近づくことができた。

 一本、スリーポイントシュートを決めれば終わりである。


 相手は完全にあきらを警戒していた。

 凛子先輩とすずのマークを捨て、あきらと唯葉先輩にダブルマークをつけている。


 ボール出しの姫希に背を向けてディフェンスをする相手。

 その背中に、姫希はボールをぶつけた。

 味方ではなく、敵の背中にパスを出して強引にプレーを始めたのだ。


 姫希がそのままフリーでスリーポイントラインに立つ。

 相手はそんな姫希に思わずブロックしようと飛んでしまった。

 恐らく、先程のミドルシュートの成功で警戒してしまったのだろう。

 当然姫希はそこでシュートを打たず、ドリブルを突く。

 そして今度は本当にスリーポイントシュートを打とうとモーションに入った。


 慌てて相手のもう一人のディフェンスが飛んでくる。

 だけど、それは全て伏線だった。

 相手のディフェンスが乱れたところに裏で凛子先輩とすずがあきらの方に走る。

 そして壁となり、あきらについていたディフェンスの一人を妨害した。


 あきらがディフェンスとの一対一になった瞬間、姫希はあきらにパスを出す。

 残り時間は5秒。

 もう躊躇っている暇はない。


 だが、ここで一つ懸念がある。

 あきらは一対一を切り開けるようなスキルを持っていない。

 何度も言うがあいつは固定砲台だ。


 と、そんな事を思った時だった。

 あきらはふっと膝を曲げ、そのまま後ろに飛んだ。

 初めて見せる技に体勢を崩す相手。

 それが一瞬のフリーを作り出すことに成功し、あきらはスリーポイントシュートを放った。

 俺と一緒に練習したステップバックスリーである。


 そのシュートは、綺麗な回転で飛んで行った。

 そのままリングにすっと入り、ネットがスプラッシュのように跳ねる。

 入った。

 スリーポイントシュートが決まった。


 直後、試合終了のブザーが鳴る。


 46対45で俺達の春季大会は終わった。

 県大会で優勝してしまった。

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