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第二百十話 折り返し

 決勝戦が始まった。


 相手のスタメンは予想通りで、うちとの身長差も大してない。

 ベンチには控えで留学生らしき子もいるが、とりあえずコートには立っていなかった。

 そのため、昨日立てた作戦通り、まずは凛子先輩とすずの二人を起点に高さで攻めようと試みる。


 最初に2ゴール先制され、ようやくオフェンスターンが回ってきた俺達。

 唯葉先輩からすずへパスが渡り、まずセンター同士の一対一が始まる。

 だがしかし。


「……マジか」


 あっさりと相手にボールを奪われ、カウンターをくらった。

 点差は開き0対6。

 開始3分間の無得点だ。


 慌てるにはまだ早い時間帯だが、なんとなく察する。

 これは……作戦が間違っているかもしれない。


 次のオフェンスターンで姫希の指示により、練習していた形に持ち込んだ。

 凛子先輩にレイアップシュートを打たせるためのセットプレーだ。

 だが、これもやはり決まらない。

 凛子先輩がシュートを打つのが読まれていたらしく、厳しいチェックを受けた。

 辛うじてフリースローを貰ったが、生憎うちの凛子先輩はシュートがド下手だ。

 フリースローを貰っても意味がない。


 案の定2本ともフリースローを外し、得点は無し。

 色んな意味でチームの士気が下がり始めた。

 これはヤバい。


「タイムアウトください」


 慌てて俺はそう言って選手たちを一度引っ込めた。



 戻ってきた選手たちは顔色が悪かった。

 色々あるだろう。

 疲労や調子が悪い事への焦燥。

 そして決勝戦というプレッシャーや、見られているというプレッシャーもある。

 最終戦という事で、観客の数は断トツだからな。

 今までの試合とは圧し掛かるモノも違うだろう。


「基礎が凄いよあのチーム」

「そうだな」


 汗を拭いながら言うあきらに俺は頷く。

 全ての動作の正確性が高いのは見て取れている。

 うちとは真逆のチームだ。


「さっき押し負けた。ごめん」

「すずの地力が負けているというより、完全に攻めのパターンを読まれてるんだよな。こればかりはコーチの俺の責任だ。お前が謝る事じゃない」


 流石に身長の高い凛子先輩とすずを起点に攻めるというのは安直過ぎた。

 だがしかし、どうしたものか。


 あきらは自分でシュートチャンスを作れるほど器用じゃない。

 あくまでパスを貰って打つ――いわゆる固定砲台でしかない。

 流石にこの短期間じゃそこまでしか成長できなかった。


 姫希に関してはそもそもシュートがそこまで得意じゃない。

 あいつの長所はドリブルだけだ。


 俺はチラッと唯葉先輩を見た。

 彼女はニコニコしながら俺を見ていた。


「楽しそうですね」

「あはは。なんかもうここまでくると緊張もしなくって」


 メンタルが強い人だ。

 緊張し過ぎて一周回った感じなのか。

 どちらにせよ、その緩い表情は他の選手に伝染した。


「ふふっ、あはは。僕、ちょっとディフェンスと走ることに専念するよ。元のプレースタイルに戻そうと思う。あんまりドリブルで攻めないようにする」

「わかりました。じゃああたしがその代わりどんどんドリブルで突破を狙います。最後のシュートは任せるわよ、あきら」

「うん。ちゃんと取りやすいパスお願いね」

「はいはい。でもその代わり、絶対決めるのよ? 外したら許さないんだから」


 自分でも何度も痛感したことだ。

 小手先のプレーなんて通じるわけもない。

 困ったときは初心に帰るが吉だ。


 姫希がドリブルで攻めて、あきらがシュートを打つ。

 また、相手が油断した隙に凛子先輩が身体能力で魅せる。

 ディフェンスになれば唯葉先輩が活躍するし、ゴール下にはうちの頼れるすずがいる。

 最強の布陣だ。

 あと、ベンチには俺がいるからな。

 負けるわけがない。


「まぁ、無理そうならまた考えよう。どうせ試合は始まったばかりだ。とりあえず頑張ってれば何かが起きるさ。そういうもんだ」


 深く考えても特に対応策なんて思いつかない。

 元の実力差が目に見えてあるのはわかっているし、仕方のない事だ。

 とりあえずできる事をやろうと、そういう結論に至った。


 みんなは俺の話に返事をして、再びコートに戻った。

 どうにかなると思いたい。



 ◇



「なんて、上手くいくはずもないっすね……」

「やっぱり県一位は伊達じゃないね」


 朝野先輩と言葉を交わしながら俺達は試合を見る。

 現在第2クォーター残り半分。

 点差は7対23である。


 あれから、あきらのスリーが一本、それに加えて唯葉先輩とすずが一本ずつシュートを決めた。

 しかし、あきらのスリーが脅威であることがバレて、すぐに警戒を強められた。

 おかげでうちの最大の攻撃手段が封じられるという地獄に陥る。

 さらに言うなら、見るからにうちのチームの動きが重くなった。

 やはり疲労の蓄積は馬鹿にならない。

 いくら昨日マッサージしたと言っても、気休めにしかならないからな。


 と、そこですずが変わった動きを見せた。

 唯葉先輩を動きやすくするように立ち回りを変えたのだ。


 急な行動パターンの変化に一瞬狼狽える相手。

 その隙に唯葉先輩がスリーポイントシュートを放つ。

 点差は縮まって10対23となった。

 なんとか、食らいつけてはいる。


「あともう一押しなんですよね」


 独り言を呟きながら試合を見た。

 正直、相手との差なんて色んな意味で開き過ぎていて、どこから埋めればいいのかわからない。

 この程度の差で済んでいるのが奇跡なくらいだ。


 ふと、俺はコートから目を逸らし、観客席の方を見た。


 何故そんな事をしたのかはわからない。

 本能的に何かを感じ取ったのか、はたまた現実逃避がしたかったのか。

 どちらにせよ、俺は観客席の方を確認し、そして言葉を失った。

 そこにいた一人の観客と目が合ったからだ。


「……」


 そいつは試合なんて見ていなかった。

 じっとベンチに座る俺を見つめていた。

 何か言いたげな視線を投げかけて、無表情でそこにいた。


 そのまま、第2クォーターは終了した。

 点差は14対28と、完全なダブルスコアで折り返してしまった。

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