第二百三話 見違える練習風景
バレンタインから、また時は流れた。
ついに三月に突入し、いよいよ一年の終わりを感じさせられる。
三年生は卒業したから、尚更だな。
俺達もあと数日で春休みに入る。
目標にしていた春季大会も目の前まで迫っていた。
「今のシュートは打たなくていいわよ。あたしにパス戻してくれたらまた立て直せるし。無理に全部シュートしなくていいから」
「わかった。姫希もシュート上手になったもんね」
「あ、でも試合になったら打つ判断はあんたに任せるわ。シューターの勘に合わせた方が良い時もあるだろうし」
「うん」
今、コートでは二対二の練習をしている。
あきらと姫希チーム対唯葉先輩とすずのチームだ。
凛子先輩はローテ待ちで、休憩中。
「すず、ディフェンスの時に姫希の方をもうちょっと意識してください。わたしが抜かれるのが悪いんですが、カバーくれると嬉しいです」
「ん。スクリーンかけられた時はスイッチする?」
「いえ。ファイトオーバーで良いです」
「わかった」
両チームとも話し合いが充実していていいな。
特に俺が口を出さなくても自分たちで修正している。
頼もしい。
それに、専門的な用語が増えたな。
ここ最近は色んな動画を見せたりと、知識面でも色々教えたし、そのおかげだろうか。
「柊喜君、お客さん」
「え?」
四人を眺めていると、凛子先輩に服の裾をくいっとつままれた。
言われて見れば体育館の入り口付近に見覚えのある男子連中がいる。
……随分久しぶりな人たちだ。
何の用でやってきたのやら。
俺はそのままその人達の元へ歩いて行った。
「よぉ、頑張ってるな」
「何の用ですか? また邪魔しに来たんですか?」
「人聞き悪いな。あの件は謝っただろ」
「じゃあ何しに来たんですか……」
一際身長の高いイケメン――宮永先輩に聞きながら、俺はその隣にいる黒髪マッシュの先輩を見た。
久々だな、竹原先輩。
通称土下座キノコだ。
「千沙山君ひ、久しぶり~」
「どうも。で、何の用ですか?」
「目つきが怖いって。ただ応援しに来ただけだから」
「応援?」
「凛子たち、クラスでも結構気合入ってんのがわかるんだよ。だから、久しぶりにどんな練習してるのか気になって」
「それはなんというか……ありがとうございます」
意外な動機だったため、俺はびっくりして目を丸くする。
「ってか、ちょっと見てたけど上手くなったな」
「頑張って練習してましたから」
「男女の差はあるけど、めっちゃ努力したのは俺の目にもわかるよ。夏とは顔つきが違うしな」
確かに、こんなに真顔で話したり練習したりする姿はなかった。
どこか若干ニヤニヤしていたり、集中していなかったりする隙があったから。
「優勝目指してるんだって?」
「はい」
「正直絶対無理だろって思ってたけど、なんかお前ら見てたらいける気がするわ。コーチが本気だからな」
コートでは組み合わせを変えて二対二が始まっている。
どのペアになっても息はぴったりで、このチーム自体がまとまっているのが分かった。
「オレも、応援してる」
「そうですか」
「……」
竹原先輩の言葉に俺は頷く。
というか、この人は宮永グループからハブられてないんだな。
手のひら返しで宮永先輩を売ったり、散々ヘイトを買っていた気がするんだが。
まぁ、本人達が納得しているなら俺はどうでもいい。
「邪魔したわ」
「ありがとうございました」
「試合会場一緒だろ? 女子の応援行くから」
手を振りながら帰って行く宮永先輩に、なんとなく頭を下げながら俺は不思議な気持ちになっていた。
いつの間にこんなに応援されていたのだろうか。
嫌われていたはずなのに。
しかし、ふと振り返って俺は納得する。
真後ろのコートで汗を流している凛子先輩と唯葉先輩、そしてそれを眺めている朝野先輩。
この人達が一生懸命頑張ってくれたから、みんなに応援されるようなチームになったのだ。
いやはや、流石先輩だ。
頭が上がらないな。
「あの人たちなんだって?」
「お前らの応援してるんだとよ」
「えー、嘘くさ」
「そんな事言ってやるな。先輩なりに反省してるんだろうし」
俺の隣で汗を拭っていたあきらは、難しい顔をしていた。
こいつは宮永先輩の事を中学の頃から嫌っていたから仕方がない。
凛子先輩へのダル絡みだけが原因で嫌われているじゃないのだ。
「どうだ、練習の成果感じてるか?」
「うん。さっき柊喜が見てない時に、一緒に練習してるシュートできたんだよ」
「マジか。見逃したな」
「もー、ちゃんと見てよ」
「また成功させてくれたら見れる」
「簡単に言ってくれるじゃん」
俺達はこの半年で色んな練習をしてきた。
筋トレやランメニューは勿論、ドリブルやパスやシュートの練習、一対一、二対二、パターン的なオフェンス、それにスローインからのセットプレーだってやった。
みんなとマンツーマンでスキルトレーニングだってしている。
五人という少ないメンバーでできる事は、全部やったと思う。
「ていうか、結局五人しか集まらなかったな」
「まぁいいじゃん。多分増えても変わらないよ」
「そうだな」
逆に今更メンバーが増えても困惑するだけだ。
輪を乱されるのは怖い。
この五人でいいし、この五人が一番強いのかもしれない。
それほどまでに、絆が強いチームである。
みんないったん休憩に入って、コートの端に座り込む。
気温は低いが、動き回っているため全員汗だくだ。
「後でゾーンディフェンスの練習するつもりだから、それまで休んでていいぞ。今日もみんなお疲れ様」
なんとなくみんなの近くに座ると、姫希が口を開く。
「なんで座るのよ。そこの机に置いてるタオル取って欲しかったのに」
「知るか」
「しゅうき、すずもタオルと着替え取って欲しい」
「だから自分で取れよ……」
なんなんだこいつらは、人を使いやがって。
俺はコーチだぞ。
ちょっとリスペクトが感じられないのだが。
そして、そんな事を思いつつ、言われた通りに取ってあげるのが俺の悪いところだろう。
「ありがと」
「ありがとう」
「あぁ。……すず、着替えるなら部室に行け」
「ん」
相変わらず俺の前だとお構いなしにズボンを脱ごうとするすずに、頭を抱える。
しかし、半年もこんな環境にいたのに、今のところ一度もすずの下着や決定的な場所は見たことがない。
これは奇跡だな。
逆にあきらや姫希、唯葉先輩のは見たことあるけど。
どれも事故だ。
「ふぅ、なんだかこのメンバーで集まると落ち着きますね」
「そうだね。でももう三年生だなぁ僕達」
「うわ、なんでそんな事言うんですか凛子。忘れていた受験への圧が蘇ります」
「いっぱい勉強しなきゃね。なんかあったら頼りなよ」
しみじみと言いながら反応を見せる先輩二人。
なんだか、寂しくなってきた。
残り時間はそう長くないことを痛感させられる。
着替え終えたすずがやって来て、俺達は何故か全員黙った。
女子はみんな俺の方を見つめている。
なんだか、空気が重かった。




