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第百九十八話 大会への特訓(唯葉前編)

 俺は昔から、年上があんまり好きではなかった。

 なんか偉そうだし、怒鳴って来るし、裏で嫌味言ってくるし。

 気を遣っておだてないと文句言うくせに、腰を低くすると調子に乗る。

 ラインを越えた圧力が、本当に嫌いだった。

 特に先輩などという人種は大嫌いだった。


「ふわぁ、眠いですね」

「そうですね」

「と、いけませんね。練習前にこんな事を言ってたらキャプテン失格です」

「はは」


 上から目線で指導してくる先輩の中で、唯一嫌いじゃない人がいる。

 それこそ、今俺の隣にいる少女だ。

 身長は小学生並みだが、これでも一応一つ上のお姉さんである。


 唯葉先輩は温かそうな手袋をはめて、首にもマフラーを巻いていた。

 全体的に白くてもこもこしてて可愛い。

 そこら辺の雪とか拾って遊んでそうだ。

 もっとも、雪なんて降っていないが。


「なんだか失礼なこと考えてませんか?」

「可愛いなぁと思ってるだけです」

「……千沙山くんは前からわたしのことを常に子ども扱いしてますよね。同じことを凛子に言うんですか?」


 まぁ確かに、可愛いの意味合いが少し違うかもしれない。

 馬鹿にしているわけでもないが、見ているとほっこりするのだ。

 それに、この人は俺に特別な感情を抱いて無さそうだしな。


 夜道を歩きながら俺は肩を竦めた。


「すみません」

「いいですよ。可愛いと言われるのは嬉しいので!」


 なんだかんだニコニコ笑っている姿を見ると、どうにも先輩には思えない。

 試合になった時にあんなに頼れるのが不思議で仕方がない。

 試合時だけ別人に変わっているのだろうかと思うレベルだ。

 例えば唯葉先輩は実は双子とか。


「なんだかわたしたち、デートしてるみたいですね」

「そうですか?」

「放課後に制服で隣を歩くなんて、ロマンチックなシチュエーションじゃないですか」

「身長差が現実の非情さを突きつけてますけど」


 俺がボソッと言うと、丁度通りすがりの男子中学生らの声が聞こえる。


「あれ兄妹かな」

「まぁカップルではないよな」

「身長差ヤバすぎだもんなー」


 好き勝手なその会話に、隣の先輩は肩をプルプル震わせる。

 可哀想に。


「じゃあ今日の目的地に向かいますか」

「そ、そうですね……」


 若干テンションと肩を下げつつ、先輩は頷いた。



 ◇



 今日の目的地は俺も初めて行く場所だった。

 予約必須の室内コートである。

 見つけてくれたのは彩華さんらしい。


「わたしが練習場所を探してたらお姉ちゃんが教えてくれて。ここなら色んな練習ができますね」

「唯葉ちゃんがいつも練習してる公園じゃゴールがないですからね」

「そうなんです」


 今日は唯葉先輩と練習をする。

 全体の部活自体はオフだったが、頑張り屋な先輩がやりたそうだったため、二人で練習することになった。

 俺としても先輩に一対一で教えたい事もあったし、好都合だ。


「一時間半しかないので、早速やりましょう」

「そうですね」


 着替えてきた唯葉先輩はキリッと真面目モードに変わっていた。

 髪型もしっかりセットして、準備万端。

 いつも通りツインのお団子だ。


「わたしの課題は、スリーポイントシュートですかね」

「……流石ですね。同じこと言おうと思ってました」

「わたしも色々反省したので。身長が低い分、外からのシュート確率はあげておかなきゃ話にならないでしょう。あきらにばっかり頼れないです」

「今のままでも他の奴らよりは上手いですけど」

「だからと言って、このままじゃ優勝できません」


 キャプテンはやはり洞察力が鋭い。

 自分の弱点を正確に理解していた。

 だからこそ、ゴールがあるちゃんとしたコートを練習場に選んだのだろう。


「あ、靴紐解けてますよ」


 唯葉先輩はそう言うと、しゃがみ込んで俺の靴ひもを直してくれる。

 なんだかお世話されている気分だ。

 上から綺麗なつむじを見下ろしながら、俺は言う。


「自分でやるから大丈夫だったのに」

「いいんです。わたしの方が背が低いし」

「なんかそれ関係あるんすか?」

「あはは、わかりません!」

「臭くないですか?」

「大丈夫です」


 少しして『よし、できたっ』と立ち上がる先輩。

 こういう優しさには慣れていないため、照れてきた。

 なんと言うか、唯葉先輩は見た目が幼いから背徳感が凄い。


「でも、スリーの練習に千沙山くんいりますか?」

「なんてこと言うんですか」

「あはは、落ち込まないでくださいよ。でも実際、一人でもできるので」

「いや、パスからシュートを打つ練習しましょう。それなら俺がいた方がやりやすいでしょ?」

「確かにそうですね。ではお願いします!」


 俺はゴール下に立ち、スリーポイントラインまで離れた唯葉先輩にパスを出す。

 しかし。


「あ」

「ちゃんと取ってくださいよ」

「思ったより強かったです」


 俺のパスの威力が強すぎたらしく、唯葉先輩はボールを取りこぼした。


「突き指とかしてませんか?」

「大丈夫です」

「もう少し弱く出しますね」


 基本的にあきらや姫希のパスは威力が弱いからな。

 そっちに合わせた方が良いかもしれない。

 女子のボールは小さいし、力が乗り過ぎるのだ。

 俺も本気で投げたわけではないが、普通に投げるのは怪我しかねない。

 反省だ。

 相手が唯葉先輩だったから、怪我させずに済んだ。


 それから、俺達はシュート練習をする。

 パスを貰い、そのままスリーポイントシュートを放つ唯葉先輩。

 そのフォームは綺麗だ。

 姿勢だけ見ればあきらより良い。

 流石キャプテンだと言わざるを得ない。


 確率を見ても悪くはない。

 大体五割かそこらだ。

 重要な局面で打つには微妙だが、戦術の一つに加えるのであれば問題ない出来と言ったところか。

 フリーの時の確率だから、欲を言えば六割くらいは決めて欲しいけどな。


「少し休憩しましょう」

「も、もうちょっと打てますよ?」

「息切れてるじゃないですか。休むのも大事ですよ」


 相変わらず頑張り過ぎだ。

 俺は苦笑しつつ、唯葉先輩にタオルを手渡す。


「でもなんか楽しいですね。千沙山くんと一緒だとなんだか頑張れます」

「一人で練習すると辛いですからね」


 笑みを漏らしながら汗を拭う唯葉先輩。

 俺はそんな彼女に、最近気になっていたことをつい聞いてしまった。


「唯葉ちゃんって、なんで俺の事下の名前で呼んでくれないんですか?」

「え?」

「いや、他の奴らはみんな下の名前で呼んでくれるので。仲良くなったら下の名前で呼ぶし、俺は唯葉ちゃんの事を下の名前で呼んでたので」

「……」


 俺の問いに唯葉先輩は俯き、黙る。

 あれ。

 もしかして聞いちゃいけなかっただろうか。

 下の名前で呼ぶほど仲良くないだろって思われたのだろうか。

 あれ。


 一人で焦っていると、唯葉先輩は苦笑しながら顔を上げた。


「柊喜くん……?」

「は、はい」

「わたしなんかがそんな呼び方して、馴れ馴れしくないですか?」

「はぁ?」


 意味不明な発言に耳を疑う。


「そんな事言ったら、先輩に向かって唯葉ちゃんって呼んでる俺の方が何様なんだって感じしますけど」

「確かに。でもやっぱり、中学時代の活躍してるあなたを知ってるので」

「関係ないですよ。下の名前で呼んでもらった方が嬉しいですし」

「それはそうですね。……わかりました。柊喜くん」

「嫌なら無理に呼ばなくても」

「いえ。全然嫌じゃないです。むしろ――っと、なんでもありません。あはは」


 困ったように頬を掻きながら笑う唯葉先輩は、正直何を考えているかわからない。

 だけど、やっぱり下の名前で呼び合った方が仲良い感じするよな。

 この人だって初めの方から俺に名前呼びを強要してきてたし。


「あはは」


 何故か嬉しそうに笑う唯葉先輩に、俺は首を傾げた。

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