第百八十八話 天国か地獄か
冬の大会が終わり、また一つ落ち着く期間に入る。
と言っても前言った通り三学期は激動であるため、基本的に絶えず何らかが起こっている。
今日もそうだった。
「席替えするぞ」
担任のおっさんの声で俺は隣の席を見る。
そう言えば数か月なかったから忘れていたが、高校には席替えという概念があるんだった。
こいつとのお隣生活も今日で終わりだと思うと、少し寂しい気がする。
まぁ小言に悩まされることもないのだが。
「寂しくなるわね」
「はぁ?」
「あ、えっと。だって、話し相手がいた方が楽しいじゃない」
「お前、俺との会話を楽しんでたのか?」
「それなりに」
「嘘つけ」
よくわからない事を言いだした姫希に俺は苦笑する。
確かに同じ部活だし、そこそこ話もしていたが、こいつが楽しんでいたようには見えなかった。
俺が数学の問題とか聞いた時はいつもイライラしていたし。
「……あたし、君が思ってるほど君の事嫌いじゃないわよ」
「腐ってもコーチだし、週に数回は放課後も一緒に過ごす仲だからな」
「そうよ。なんか言い方嫌だけど」
「お前この教室に俺以外友達いないしな」
「一言余計よ! 君だってぼっちなくせに」
「それは否定しない」
俺も姫希も三学期だというのに、全く友達ができなかった。
姫希はまだしも、俺の場合は完全に避けられている。
普通に嫌われ者って感じだ。
もう今更だから気にはしないが、楽しい学校生活ではなかった。
おっと、そんな事を考えていたら席替えが憂鬱になってきた。
「ずっとお前の隣が良かった」
「消去法の末に選ばれるのは嫌ね。でもあたしも一緒かしら。柊喜クンが一番マシ」
「はは」
しかし、二連続で同じ相手と隣の席になるなんてそう起こり得る話ではない。
その席替えも、勿論姫希と隣になることはなかった。
まぁある意味知り合いの隣にはなったんだが。
「あ、えっと。よろしくね」
「……あぁ、よろしく」
俺の隣の席になったのはつるつるの綺麗なおでこちゃんだった。
元カノと、隣の席になってしまった。
◇
重苦しい空気が教室に漂う。
昼休みになると、みんな俺達の方を遠目に意識しつつ、だけど誰も話しかけないという奇妙な事が起きていた。
隣の席で弁当を開ける未来。
俺はどうすることもできず、金縛りにあったように自分の席に座っていた。
と、未来は俺の方を向いてくる。
「ご飯食べないの?」
「あ、いや」
「もしかして忘れた? なんかおかずあげるよ。この卵焼き美味しいから食べてみる?」
「遠慮する」
「……あ。ごめん」
「いや、ありがとう」
俺が断ると未来は悲しそうな顔をしつつ、同時に申し訳なさそうに下を向いた。
物凄く悪い事をした気分だ。
断ったから悲しませてしまっただろうか。
「最近一人で飯食ってること多いな」
「昼休みは読書してるから」
「読書、好きなのか?」
「うん。面白い」
未来はそう言ってバッグから本を取り出す。
そして俺に見せてきた。
どれも胸焼けしそうなタイトルの恋愛小説だ。
「本ってちゃんと読んだら面白いよね。勉強になる」
「そっか」
「うん。あの先輩には感謝してる」
あの先輩って誰だろうか。
よくわからないが、未来の交友関係なんて知らないためどうでもいいか。
俺は隣の席でコンビニ弁当を開ける。
流石に自炊を始めたと言っても、昼を作る余裕はない。
飯を食べ終えた後、ずっと隣で読書をする未来に居心地悪さを感じながら、俺は何をしようかと考える。
普段なら姫希と何か話していたのだが、席が離れるとそういうわけにもいかない。
なんだか、未来を差し置いてあいつに話しかけに行くのは気が引けるから。
それにあいつもここに近寄りたくはないはずだ。
未来の事を嫌っているからな。
「さむ」
手持無沙汰に独り言を言ってみる。
と、そこで未来は本を閉じてポケットに手を入れた。
「カイロいる?」
「え?」
「寒いんでしょ? 私が持ってたから温かいよ」
「……お前が寒くなるだろ」
「別に大丈夫。しゅー君の方が寒そうだし」
首を傾げて『なんで受け取らないの?』と言わんばかりの顔をする未来に戦慄が走る。
こいつ誰だよ。
なんでこんなに優しいんだよ。
過去の未来を知っているからこそ、恐怖である。
目を丸くしている俺に未来は手を引っ込めた。
「そっか。いらないよね。ごめん」
「……」
だから何なんだよその顔は。
なんでそんなに悲しそうな顔をするんだよ。
そんな奴じゃなかったじゃないか。
もっとテキトーで、無神経で。
自分さえよければ後のことはどうでも良さそうな奴だったのに。
それがなんでこんなに気遣いしてくるんだ。
『好きだから』
俺の疑問に答えるように、年末の未来の言葉を思い出す。
嘘だろ……。
「……しつこいと嫌われるか」
「ッ!」
小声で言った未来の言葉が聞き取れて、俺は殴られたような感覚に襲われた。
こいつは、本気で俺に嫌われたくなくて、それで色々考えているのだ。
理由は前言っていた通り、俺の事が好きだからというただそれだけ。
どうすればいいんだよ。
あんなに嫌いだったのに、不意打ち過ぎてつい読書に戻る未来を目で追ってしまう。
くそ、これじゃ俺の方も未練があるみたいじゃないか。
未来から顔を背けようと廊下を見ると、そこにはトイレから戻ってきた姫希がいた。
「……ふーん」
姫希は面白くなさそうに俺と未来を見つめて、そのまま自分の席に行った。




