第百八十六話 試合報告
大会初日。
呼吸するのも辛いはずなのに、何故か俺は午前六時には目を覚ました。
本来なら、今頃家を出て学校に集合しているはずだったため、体がそれに合わせてしまったのかもしれない。
実際にはここから動くこともできないのにな。
一応スマホに応援のメッセージを送って、俺は目を閉じた。
あいつら、どこまでやれるだろうか。
今回の初戦の相手は過去の成績を見る感じ、負ける可能性は低い。
何のミスも侵さなければボロ勝ちできる相手だ。
ただ、学生の試合に絶対はない。
それこそそれは俺達が証明してきた。
うちが短期間で化けたように、相手がそうならないとも限らない。
油断は禁物である。
加えて今日は二試合ある。
一試合目で勝てば午後に二回戦が行われるのだ。
うちは交代できるメンバーもいないため、疲労の蓄積が心配だ。
いくら体力がついたとは言え、一日で二試合するのはキツい。
一応、温存しつつ戦えという旨の連絡をしようとする。
しかし、丁度その時に部活のグループに画像が添付された。
「……バス遠足じゃねえって言ってんだろ」
それはサービスエリアでうどんを咥えたまま真顔を向けるすずの顔だった。
何やってんだこいつら。
そんな事を思っていると次々に画像が貼られる。
バス内で天使みたいな寝顔を見せる姫希、そしてその頭にペットボトルを乗せようと遊ぶあきら。
腕を組んで音楽を聴いている、どこか威張っている唯葉先輩。
その横でベンチコートに包まる凛子先輩。
まるで緊張感のないバス風景だ。
まともなのはノートを見ながら考え事をしている朝野先輩の横顔だろうか。
頼りになるマネージャーである。
「ははっ。そうだよな。大会への道のりも楽しんでいこう」
これで良いのだ。
変に緊張するよりは百倍マシ。
これでこそこいつらの本領発揮っていう感じもする。
一言『怪我に気を付けて』と送り、俺は目を閉じた。
ちょっと安心した。
◇
眼は閉じていたが、眠れるわけもなく、ずっとそわそわしていた。
泣きたくなるほど頭が痛かったのに、そんな事も気にならない。
ただひたすらに、連絡を待っていた。
「……遅くないか? 流石に第4クォーター始まってるよな?」
試合時間は公式サイト等でわかるのだが、どうにも連絡が遅い。
もう試合が終了してもおかしくない時間だ。
スマホを睨みつけながら待っていると、しばらくして一件のメッセージが来た。
差出人はあきら。
興奮しているのか、珍しく個人チャットの方に送ってくる。
『65対32で勝った! ダブルすこた!』
”すこた”ってなんだよというツッコミはしない。
余程嬉しくて入力を間違えただけだろう。
要するに、ダブルスコアで一回戦を突破したという報告だ。
そっか、まぁそうだよな。
でも、勝てたか。
本当に良かった。
すぐに電話がかかってきた。
今度は唯葉先輩だ。
「……もしもし?」
『あ、おはようございます。キツい時にすみません。一応声で報告しておきたくて連絡しました!』
「はい」
スピーカーにしているらしく、向こうではあきら達の興奮した声が聞こえる。
『初戦はダブルスコアで勝ちました。点数的にはあきらが32点取ってます』
「32点!? ごほっ、ごほっ」
『あはは。びっくりですよね』
柄にもなく大声を出してしまい、咳が止まらなくなる。
それにしても、一人で30点以上取ったのかよ……。
いくら相手が強くなくても、点を取り続けるのは難しい。
とんでもない偉業である。
と、そこであきらの声が聞こえてきた。
『いっぱい褒めてねっ!』
「……あぁ。だけど、それだけ点数取ったら疲れただろ。次の試合までの時間で思いっきり休んでくれ。寝ててもいいから」
『わかった』
「みんなも休んでくれ」
『千沙山くんも休んでくださいね! それでは報告でした。お大事に。わたしたちはもう一試合頑張ってきます』
唯葉先輩の締めくくりで通話は切れた。
俺はいつのまにか立ち上がっていたことに気付き、そのままベッドに座る。
なんとなく熱を計るとまだ38℃近くあった。
安静必須だな。
◇
二試合目の相手は、新人戦の時程の強敵ではない。
だがしかし、横のブロックにいた二校はどちらも格上だったし、どちらが勝ちあがって来ても勝算は高くないのが現実だ。
俺がいれば視察をして対策を講じられたのだが、現地に行けないためそれも叶わない。
一応色んなチームと戦えるような対策練習を行っていたが、それの効果が望めるだろうか。
ヤバい、緊張してきた。
二試合目を待っている時間は、一試合目の時よりさらに精神的に辛かった。
ここで負ければ前回大会から進歩がない事になる。
俺としてはそれを避けたい。
だけど俺は何もできない。
以前、唯葉先輩の家に行った時の事を思い出す。
あの時唯葉先輩のお母さんになんて言ったっけ。
確か、俺が教えれば勝てるとか堂々と言った気がする。
姫希にはずっと、最近では唯葉先輩やすずにもマンツーマンで教えるようになった。
あきらとは時間の都合もあって決まった練習はしなかったが、その分練習時はかなり目をかけていたつもりだ。
凛子先輩だって、レイアップは勿論、最近では少しドリブルが上手くなってきた。
あの期間でやれることはやったはずだ。
それなのに、実際にそばにいてあげられないという事が不安感を煽る。
どうしよう。
心臓が飛び出しそうだ。
鼓動がうるさい。
いつ電話がかかってきてもいいように、俺は意識を保って座っていた。
たまにスマホで検索したりして、自分の不安を紛らわしながら。
コーチングノートはあきら経由で朝野先輩に預けているため、それをどうにか活用してくれることを祈る。
そうしてしばらく経って。
二時間近く時間が経過した時、一通の連絡が入った。
今度は部活のグループの方だ。
『二回戦勝った』
短いメッセージを見た時、不覚にも俺は泣いた。
やはり、体調を崩すと心身共に弱るらしい。




