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第百七十六話 考え事

 その日の夕方はみんなでご飯を食べることにした。

 冬休みに入ったため、次の日の事を考えなくて済むのも楽だ。

 だからと言って泊まられるのは困るが。


「ってか柊喜、ホントに料理できないね」

「……うるさい」

「べちゃべちゃ。ちゃんと油切らないから」

「……」

「塩も振り過ぎね」

「……ごめん」

「あはは。そんなに言うと柊喜君が可哀想だよ。揚げる時間がバラバラで所々真っ黒に焦げてるのもあるけど」

「本当にすみませんでした。でしゃばってごめんなさい」


 今日はクリスマスっぽい料理が並べられている。

 デリバリーのピザに、野菜たっぷりのサラダ、焼いたチキン、そしてフライドポテト。

 サラダとチキンはあきら達が用意してくれた。

 ただ、なんでもかんでも人に作らせるのも気が引けたので、俺も一肌脱いだ。

 フライドポテトを揚げてみたのだ。


 実は最近、すずに指摘されたり、あきらに少し教わったりしたのを踏まえて自分でも少し料理をするようになった。

 というわけで得意げに名乗り出てポテト揚げ係を担ったのだが、大失敗した。

 女子達の反応は不評も不評。

 みんな呆れた顔で俺を見ている。

 もっとも、俺と同じく料理ができない唯葉先輩はきょとんとしているが。


「あたし、冷凍のポテトすら満足に揚げられない人なんて初めて見たわ」

「料理の才能はないんだね」

「あははっ、すず言い過ぎ」


 どいつもこいつも言いたい放題である。

 そんな中で凛子先輩が聞いてきた。


「柊喜君、いつもお昼ご飯どうしてるの?」

「最近はコンビニか購買です」

「僕が弁当作ってあげよっか?」

「え」


 凛子先輩の手作り弁当。

 願ってもない提案に俺は目を見開く。

 え、いいんですか……?


 しかし、その提案は二人の女子によって止められた。


「それなら私が作るもんっ。元々私が作ってあげてた時もあったし」

「やだ。すずが作ってあげたい」

「すずはダメだよ。たまに寝坊して遅刻してるじゃん」

「しゅうきのお弁当を任されたら起きれる。なんなら泊まり込みでもいい」

「どう考えても家が隣の私の方が適任だよ」


 いつも通りのやり取りに発展してため息が漏れる。

 それは姫希も同様だ。


「変に下心があるあんた達より凛子先輩の方が適任よ」

「むぅ、確かに」

「凛子ちゃんなら心配いらないしね」


 納得してしまう二人。

 だが、こうなってしまうと今度は凛子先輩が微妙だ。

 だってこの人、多分一番下心があるんだもの。


 見ると彼女は笑顔を引きつらせていた。


「なんかいいや僕。……ごめん。ってか普通に面倒くさくなっちゃった」


 ほら見ろ。

 周りの三人は特に気にしていない様子だが、凛子先輩の心中は察しが付く。

 自ら選んだ立ち回りだが、なかなか辛いものがあるだろう。


 そして少し離れたところでニコニコ眺めている唯葉先輩も怖い。

 この人、全部わかってるんだもんな。

 今は何を思っているんだろう。


「ちょっと僕、コンビニ行ってくるね」

「あぁ、はい」


 この場から逃げるように立ち上がった凛子先輩。

 しかし、そう思うのは内部事情を把握している俺と唯葉先輩くらいだろう。

 あきらとすずと姫希は未だに謎のやり取りを繰り広げている。


「すずの方が料理上手い。この前ハンバーグ作ってあげた時は泣いて喜んでた」

「嘘だ。柊喜が泣いたのなんてもう数年は見てないよ」

「そうね。あの女にフラれた時も自嘲気にニヤニヤしてたもの」

「ニヤニヤはしてねぇよ」


 完全なる捏造があったので訂正しておいた。

 それに、すずの料理はめちゃくちゃ美味かったが泣いてはいない。

 これも嘘だ。


 と、未来の話が出たことであきらが呟く。


「最近未来ちゃん変だよね。教室の横通った時に見るけど、いつもなんか本読んでる」

「そうなのよ」

「ん? あの人おかしなったの?」

「元からおかしいから何とも言えないけれど、最近はちょっと変わったわね。でも……嫌な変化じゃないわ」

「そうなんだ」


 未来はあれ以降謎にずっと読書をしている。

 読書家だったという記憶はないが、俺の知らない趣味があってもおかしくない。

 少々意外だがそれだけだ。


「読書は良いですよ。豊かにしてくれます」

「なるほど」

「彼女なりに変わろうとしているんでしょう」


 きっかけなんて考えるまでもない。

 俺が復縁を断った翌日から急におかしくなったし、恐らく原因はそれだ。

 あいつは、本気で変わろうとしている。


 唯葉先輩の話を聞きながら俺達はなんとなく相槌を打った。


「まぁいいやっ。なんか眠くなってきたー」

「そうね。あたし、眠気覚ましにコンビニ行こうかしら。今なら凛子先輩に追いつくかもしれないし」

「あ、すずにアイス買ってきて」

「あんたも付いてきなさいよ」

「外出たら寒いからアイス食べたくなくなる」

「知らないわよ。ほら、あたしもう出るわよ」

「あ、待って。すずも行く」


 外に出ようと立ち上がる二人を含め、隣で眠そうにジュースを飲むあきらを見て改めて思う。

 こいつら、本当に可愛いなって。

 手首にはさっきあげたバンドを巻いてるし。

 意味が分からない。

 だけど、そのよくわからない行動が可愛く見えて。


 なのに、なんでだろう。

 なんでこいつらの誰とも付き合いたいって思わないのだろう。

 こんなに可愛くて、俺の事を好きでいていてくれて、優しく色々気を遣ってもくれるのに。

 あれ……?


 未来と付き合った日の事を思い出す。

 あの時は、特に何も考えていなかった。


 可愛い子に告白された。嬉しい。付き合いたい。


 その短い思考で俺は完結した。

 でも今は違う。


 正直、俺が今あきらとすずと凛子先輩の事を想う気持ちは、あの時の未来に抱いていたモノよりも重い。

 変な話だが、姫希や唯葉先輩の事も大好きだ。


 自分の感情に違和感を覚えた。


「まぁ、あんまり深く考えても答えが出るわけでもないですよ」

「……え?」

「いえ、考え事をしてそうだったので」

「……そうですね」


 唯葉先輩の言葉で我に返った。

 それは恐らく、俺が未来の件で悩んでいると思ってのモノだったのだろうが、タイミング的にはどちらでもよかった。


「なんだこのポテト」

「柊喜が揚げたんじゃん!」

「ははっ、そりゃそうだけど」


 あまり美味しくないポテトを口に入れながら、難しい事を考えるのはやめた。

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