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第百七十四話 きっも

 高校一年の二学期が終了した。

 思えば激動の日々だった。


 未来にフラれたのが夏休み。

 そしてそのままあきらに女子バスケ部のコーチになってくれと頼まれ、実際に練習に参加を始めたのが二学期の初め。

 それからは姫希にドリブルを教えたり、すずが部活に顔を出し始めたり、凛子先輩に付き纏う厄介な先輩を撃退したり、あきらに告白されたり、唯葉先輩と一緒に勉強したり……。

 思い出すと物凄いイベントの数々だが、全て二学期中という僅か四か月で起きたことだと思うと感慨深い。

 そんな二学期が終わった。


 ちなみに終業式の後に行った練習試合はなかなかの出来だった。

 勿論相手も死ぬ気で勝ちに来ていたわけではないが、明らかにうちのチームの成長は感じられた。

 主に体力面の向上だ。

 新人戦でボコボコにやられた相手にも32対68と、大体ダブルスコアまで持っていけた。

 相変わらず接戦とは言えない内容だったが、一か月半前に11対112で負けた相手にここまで追いつけたのは進歩と言って良いだろう。

 次の大会までもう一ヶ月あるんだし、悲観することではない。

 何しろ今回はフルで相手のスタメンとやり合っているからな。


 と、そんな回想をしながら、俺は自宅のリビングをキッチンのカウンター越しに見る。


「ポテトチップス最後の一枚食べたの誰」

「はーい」

「すずが狙ってたのに。あきら許さない」

「あははっ。知らないよ」

「ちょっと邪魔! 今いいところなのに!」

「はいはいすず。こっちおいで。僕のチョコあげるから」

「ん。凛子ちゃん好き」


 そこは地獄だった。

 騒がしい声に包まれる空間。

 まるで俺の家とは思えないアウェー感だ。

 いつかうちで行った合宿(笑)を思い出す。


 今日は十二月二十五日。

 言わずもがな全世界の人間に知られたイベント日である。

 メリークリスマスだ。


 そんな日に、うちの部員は俺の家に押しかけていた。

 ソファに座ってお菓子の奪い合いをしているあきらとすず。

 そのすずの頭を撫でる凛子先輩。

 少し離れたところに座ってドラマを鑑賞中の姫希。

 マジでどいつもこいつも自由だ。

 ちなみに朝野先輩は家のクリスマスパーティに出席しなければならないらしく、午前に行われた練習も不参加だった。


「唯葉ちゃんはどこに行った?」

「さぁ。トイレじゃない?」

「そっか」

「それより柊喜っ。こっちにきて一緒にドラマ見よ」

「……こてこての恋愛系は興味ない」

「なるほどね。モテる男子は現実で十分ってことか~」

「そんな事言うのは反則ですよ」

「モテるという部分は否定しないと」


 ニヤニヤ笑う凛子先輩に言われて、頬を掻いた。

 別にモテている自覚はないのだが、現状四人の女の子から好意を寄せられているわけで、この状況をモテていないというのも微妙な感じだ。

 しかしやはり、自分で言うのは気持ち悪い。

 そしてそこを突いてくる凛子先輩はタチが悪い。


「ってかなんで他人の家でドラマに見入ってるんだよ。自分の家で見ろ」

「家だとお母さんにだらだらするなって小言言われる」

「弟に邪魔される」

「うちテレビないんだ~」

「他の番組に変えられるのよ」

「はいはいそうですか」


 今日のクリスマス会を提案したのは勿論俺じゃない。

 練習試合だけでは不満だったらしいあきらが久々にみんなで集まりたいと言い出したのだ。

 で、当然その場所は俺の家。

 みんな乗り気だったから水を差すのも無粋だと思い、招き入れた。

 しかし失敗だったかもしれない。


「みんなずっとドラマ見てますね」

「唯葉ちゃんは見ないんですか?」

「こてこての恋愛ドラマは苦手で」

「へぇ」

「家で嫌という程流れてますから。お姉ちゃんがずっと見てるので」


 トイレから帰ってきた唯葉先輩は苦笑しながらそう言った。

 やはりみんな家族がいるから、それぞれテレビ事情があるらしい。

 一応言っておくと、俺は基本テレビは見ない。

 見るものと言えば、それこそバスケとかサッカーとか、スポーツの放送くらいだな。


「それにしても千沙山くんはリア充の権化ですね。こんな可愛い子たちに囲まれてクリスマスを過ごせるなんて」

「そうですか……?」

「その心外そうな顔やめてください。こっちが悲しくなります」


 俺のどこがリア充なんだ一体。

 最近複数人から告白をされて忘れかけているかもしれないが、夏にあり得ないフラれ方をした負け犬だぞ俺は。

 いや、でも待てよ。

 結局未来も俺の事が好きらしいし、あれは本当に事故みたいなものなのではなかったのだろうか。

 実は俺、結構モテ男だったりして。

 どこにそんな要素があるのかは謎だが。


「俺ってそんなにいい男なんですかね?」

「きっも」

「お前には聞いてないぞ」


 唯葉先輩に尋ねると向こうに座る姫希から短い答えが返ってきた。

 でもまぁ、そうだよな。

 俺も自分で言って、姫希と同じ感想を抱いた。

 隣の唯葉先輩も曖昧な表情で目を逸らしている。


 みなまで言わなくて結構です。

 聞いた俺が間違ってました。

 自惚れてすみません。


「千沙山くんは……結構いいと思いますよ?」

「必死の慰めはやめてください」

「ふふ、顔真っ赤じゃん。可愛い」

「勘弁してください」


 振り返ってきた凛子先輩に指摘されて俺はため息を吐くしかなかった。

 ちなみに、俺に一言放った姫希はすずにポッキーで頬を突かれるという嫌がらせを受けていた。

 食べ物で遊んじゃダメだが、ささやかな抗議姿勢に笑みが漏れた。

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