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第百六十五話 脅迫

 自販機でホットカフェオレを買い、お釣りの小銭を財布に入れている時、背後から足音が聞こえた。

 普段なら何も感じずにそのまま帰るだろうが、俺はピタッと動きを止めてしまった。

 何故か嫌な予感がしたのだ。

 それは本能的なものだろうか。

 恐る恐る振り返ると、そこには奴がいた。


「……」


 寒くなってきたからか、いつものヘアピンは装備しておらず、珍しく前髪を下ろしている。

 だけど、いくら髪型が変わろうが、そいつの顔は間違えようもない。

 若干口端に笑みを浮かべながら俺を見るその顔は、高校に入ってから何度も見てきたものだから。


「何買ったの?」

「……カフェオレ」

「いいね。私もそれにしよ」


 立ち尽くす俺に構わず、未来は自販機に小銭を投入する。

 そして俺が購入したのと同じものを買った。


「あの人、女バスの先輩だよね?」

「見てたのか……?」

「偶然だよ。あんな場所でイチャイチャしてるのが悪いんでしょ」


 咎めるように言ってくる未来。

 果たして、本当に偶然だろうか。


 俺が教室を出るのをこいつは確認していた。

 後を追ってきたと考える方が自然だ。

 くそ、なんだって言うんだよ。


 それにしても最悪なタイミングだ。

 よりによって凛子先輩との関係がバレてしまった。

 あの人は他の部員に気持ちを打ち明けていないし、前回のすずと姫希を巻き込んだ時みたいに好き放題言い振らされると困る。


 授業開始のチャイムを聞きながら、俺は未来に聞いた。


「どこから聞いてたんだ」

「わかんないよ。ただ、好きな人って言ってたのは聞こえた」

「……」


 まぁ、そうだよな。

 既に絶望的な状況であることを理解し、こぶしを握る。

 つい人通りが少ない事と時間帯を考えて気が緩んでいた。

 知り合いに聞かれる可能性を想定しなかった俺達が悪い。


「あの先輩にも好かれてるんだ? ほんと凄いね」

「何がだよ」

「黒森さんもめっちゃ可愛いしモテモテじゃん。昔とは全然違う」

「……」

「良いこと聞いちゃったな」


 ふっと笑みを零す未来に、体が強張った。


「黒森さんは知ってるの?」

「……知らない」

「伏山さんの件はイマイチわかんないけど、こっちはガチでしょ? 教えたらどんな反応するかな」

「ッ! ……マジでやめてくれ」

「どうしよっかな。私、この前の事でイラついてるんだよね」

「……」

「伏山さん、好き勝手な事言ってくれちゃってさ。私だって嫌だったんだよ。元カレにベタベタしてる女の子見たら意地悪したくなるって」


 最低な話だが、正直わからなくもない。

 独占欲というのは誰しもあるモノだ。

 例えば、あきらやすずや凛子先輩に彼氏ができたとして。

 少しはショックなはずだ。

 自分からフっておいて何言ってるんだって感じだが、人間なんてそんなもんだ。

 そりゃ表では笑顔で祝福するだろう。

 でも、流石に感情はコントロールできない。


「じゃあ黙っててあげる」

「本当か!?」

「うるさ。でも条件がある」

「条件?」


 一瞬できな臭くなってきた。


「私とデートしてくれたら黙っててあげる」

「……は?」

「あれ以降彼氏できてなくて暇なんだよ私。たまには付き合って」

「……お前が俺をフったんだろ」

「だから! 前も言ったけど、あの時はないなって思っただけで今はまたありだなって思ってるの!」


 めちゃくちゃだよこの女。

 正直何を言っているのか半分くらい理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。


「それは流石に無理だ」

「じゃあ言い振らす」

「……脅す気か?」

「人聞き悪いね。自分たちが校内でいちゃついてるのが悪いくせに」

「だからって、こんな条件でデートしてお前は楽しめるのかよ」


 聞くと未来はふと真顔になった。

 そして数秒黙る。


「な、お前も嫌だろ? もうこんな嫌がらせ辞めてくれよ」

「嫌じゃないし。ってかお前に拒否権とかないから」


 確かに俺に拒否権はない。

 しかし、どちらを取っても最悪の結果にしかならない。

 俺が人生で大嫌いな負け戦が始まっている。


 凛子先輩の秘密がバレれば、間違いなく荒れる。

 逆に俺と未来がデートするというのも最悪の展開だ。

 そもそも俺自身が嫌だ。

 こんな人の弱みに付け込んでくる奴とデートなんかしたくない。


「……相談させてくれ」

「今日の夜までに決めて」

「わかった」


 どちらに転んでも最悪だ。

 こうなったら、他の奴に被害が少ないようにするしかない。

 俺のせいなんだから。


「じゃ、教室戻ろ?」

「あぁ」


 デート、したくないな。

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