第百六十三話 勉強も部活も
千沙山くんと別れた後、わたしたちは自宅に帰った。
今日は元々練習の予定だったから、少し申し訳ない気持ちになる。
練習ができなかった事だけでなく、たくさん情けない姿を見せてしまったし、その点も反省だ。
これはもう、先輩として見てもらえなくても文句は言えない。
見た目通り小学生みたいなことをしてしまった。
全部わたしのせいだし、今度謝らないといけない。
お姉ちゃんと一緒にリビングに行くと、お母さんが座っていた。
見つめているのはわたしの成績表だ。
改めて叱責されるのは覚悟しよう。
「……数学、学年で五位だったんだ」
「え、うん」
「小テストであんな点数だったのに」
「勉強したから」
あと、運もある。
凛子達と一緒に捨てた問題が一問も出てこなかったり、逆に先生に質問していた問題が出題されたり。
比較的勉強した問題ばかりで、わたしは解きやすかった。
ちなみに凛子はもっと良かった。
「本当に、頑張ったのね」
「お母さん……?」
わたしは耳を疑った。
先程までの叱責とは百八十度異なる言葉、声音。
まるで人が変わったかのようだ。
そしてそう思ったのはお姉ちゃんも同じだったらしく、彼女も目を見開いていた。
「……順位だって、塾に行ってる時もこのくらいの時はあった」
「うん」
「頑張って、戻したのね」
「……うん」
確かに今回の成績は過去の最高順位よりは下だった。
だけど、塾に行っている時もたまに取っていたくらいの順位でもある。
褒められるような成績ではないけど、一応成績を戻したとも言える順位と点数だった。
「さっきはあんなに怒ってごめん」
「わたしも、もっと成績上げられなくてごめん」
「部活、続けて良いから」
「……ほんとに?」
「……」
聞くとお母さんはお姉ちゃんを見つめる。
そしてそのままわたしに視線を戻した。
「でも勉強もしなさい。あなた、進学する気はあるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ頑張りなさい。次の模試の結果は重要よ」
次の模試は再来週の週末で、マーク式だ。
学校の定期試験とは異なるため、また気合を入れなければならない。
高校二年生の二学期末というと、受験までの残り時間も少なくなってきている。
部活も勉強もサボっている暇はないんだ。
「ご飯食べるわよ」
話は終わりだと言わんばかりに立ち上がるお母さん。
わたしはキッチンへ向かうその後姿に頭を下げた。
「ありがとう。そしてごめんなさい」
「……部活も頑張りなさい。あの子にも言っておいて。あそこまで言って、次の大会でまたこの前みたいな負け方をしたら、その時は辞めさせるって」
「あはは。絶対ありませんよ」
「……あっそ」
千沙山くんには安心感がある。
特にバスケにおいては、彼について行けば間違いなんてないんだと思えるくらいだ。
だから、そんな千沙山くんがマンツーマンでコーチングしてくれたら百人力なんだ。
不安要素なんて全部飛んでいく。
お母さんがキッチンでご飯の支度をしている時、お姉ちゃんが話しかけてくる。
「よかったね」
「お姉ちゃんのおかげだよ」
「そんなことないよ。千沙山君が話してくれなかったら、私もあのまま黙ってたと思う」
「そう……だね」
「あの子、足震えてた」
お姉ちゃんも気付いていたらしい。
千沙山くんは確かにわたしを助けようと自分のノートや成績表を持ち出してまで、お母さんに話してくれた。
だけど、ノートを見せてくれた時、その手は震えていた。
彼だって無理をしていたんだ。
当然だよ。
だって千沙山くんはコーチと言っても、後輩には変わりないんだから。
「今度千沙山くんにはお礼しないと」
「唯葉?」
「え、どうかした?」
「ううん、別に」
そう、千沙山くんは年下なんだ。
わたしが守ってあげないと。
いくらコーチだから、わたしよりしっかりしていてバスケが上手だからと言っても、おんぶに抱っこではマズい。
とりあえず次の模試で良いところを見せて、試合でもわたしがしっかり勝利に導いて、彼を安心させてあげないとね。
「お姉ちゃん、あとでテストのやり直し付き合って」
「え、面倒だから嫌」
「なんでですか!? さっきフォローするって言ってたじゃないですか!?」
「あれは方便」
「……お姉ちゃんを信用したわたしが悪かったです」
「冗談だよ~」
相変わらずなお姉ちゃんと話しながら、わたしは自然に笑った。
いつしかそれを聞いていたお母さんも笑っていた。
そう言えば、いつぶりだっただろう。
お母さんから『頑張ったのね』なんて言ってもらえたのは。
努力をきちんと認めてもらえたのは。
わたしは笑いながら、そんな事を考えていた。
◇
後日、唯葉が模試でA判定を叩き出したのはまた別の話。




