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第百五十七話 逆ギレ

 教室に漢文のノートを忘れた。

 授業の振り返りをしようと思ったのだが、忘れ物に気付いたので取りに戻る。

 そう言えば、先程出て行った姫希は中々帰ってこないが、何をしているのだろうか。

 すずも来ないし。


「期末テストが終わったら次は年明けの大会か。休める時間ないな……」


 テスト期間で部活を休みにしている分、終わったら詰めなければならない。

 姫希に加えて唯葉先輩とマンツーマン練習をする約束もしたし、俺自身のスケジュール管理も大変だ。

 それに伴って夕飯問題も生じる。

 ただでさえ自炊ができないのに、へとへとで帰宅したら練習する時間も取れない。

 ハードな日々が待っている。


 まぁそれはさて置き、今の課題は期末テストだな。

 補習をくらっては予定している練習そのものが潰される。

 特にすずには頑張ってもらいたい。


 あいつは何をしているのやら。


 そんな事を考えながら教室に行こうとして、俺は足を止めた。

 廊下で向かい合っている二人の女子を見て、思考が停止した。

 姫希と未来が、そこにいた。


 俺の影に二人の視線もこちらを向く。


「しゅ、柊喜クン」

「……何やってるんだ」


 無視するわけにもいかないために聞くと、未来は歪な笑みを浮かべた。

 それを見て、冷や汗が背中を伝う。

 たまに見るヤバい時の顔だ。

 面倒な事になっていることを察す。


「さっきまで黒森さんもいたんだよ。だけどショック受けたみたいで帰っちゃった」

「は?」

「ほら、この前しゅー君と伏山さんが二人で遊びに行ってたでしょ? そのこと知らなかったみたいで、私が話したら取り乱しちゃって」

「……」


 姫希を見ると、険しい顔をしながら頷かれた。

 なるほど、そういうことか。


 遠征合宿の翌日、あきらに告白された俺は精神的に摩耗していた。

 そんな俺の話をファミレスで聞いてくれたのだ。

 別に遊んでいたわけではなかったが、傍から見れば区別はつくまい。

 あの日は日直が被っていたし、偶々見られていたんだろう。

 まぁ、最悪だな。


「しゅー君も酷いよね。伏山さんとイチャイチャしながら、黒森さんを勘違いさせたままにしてるとか」

「イチャイチャしてないし、勘違いってなんだよ」

「昔はそんなんじゃなかったのにな」


 俺の質問に答えない未来。

 どこを見ているのかよくわからない、焦点が定まらない目をした未来はそのまま続ける。


「あんな可愛い子と遊ぶだけ遊んで、他の女の子といちゃいちゃしてるとかヤバすぎ。さっき聞いたよ。お泊りもしたんだって? ダメだよしゅー君」

「黙れよ」

「え?」

「別に遊んでない。そもそも姫希ともイチャイチャしてない。前にも何回も言ったろ。いい加減キモい勘違いやめろよ」

「……何? 逆ギレ?」


 こいつは逆ギレの意味を知らないんだろうな。

 その言葉が当てはまるのはこいつの方だ。

 竹原先輩の件や俺の体調を心配してくれた件で最近は少し見直していたんだが、やはり根は変わらないらしい。


「キモいのはお前。ちょっとモテてるからって調子乗り過ぎ」

「さっきから何よあんた」

「は?」

「自分が相手してもらえないからって随分ね」

「ッ!」


 言いたい放題言っていた未来だが、姫希に鼻で笑われて目の色が変わった。


「あんた柊喜クンの事好きなんでしょ? だったらこんな回りくどいことやめなさいよ」

「やめて」

「やめないわよ。先にやめてって言ったことやめなかったのはあんたでしょ? どれだけ柊喜クンに固執すれば気が済むのよ。あんたが一番気持ち悪い」

「……」

「正々堂々しなさい! みっともないわ」

「……死ねよ、マジないわ。なんでこんな奴を私が好きになんなきゃいけないの」


 暴言を吐いて未来は教室に入っていく。

 そのままプリントを掴んで帰って行った。


 相変わらずな奴だ。

 言いたい放題やりたい放題やって、俺達の関係をぐちゃぐちゃにしていく。

 ようやくまとまり始めたと思えばこれか。


「……ごめんなさい、言い過ぎたわ」

「全然だろ。お前は何も間違ってない。っていうか悪いな、変な勘違いされて迷惑被ってるのはお前だろ」

「そうねって言いたいところだけど、今はやめておくわ。君こそ大丈夫?」

「俺よりすずの方が心配だ」

「……えぇ」


 どれだけ待っても勉強会に来ないと思っていたが、あんな奴に絡まれていたのか。

 騒動の時、まだすずは部活にいなかったし、初めて接する未来にはショックも多いだろう。

 どんな奴か知らないだろうからな。


「すずを探そう」

「あたし、キツい事言っちゃったから謝りたいわ」

「そうか」


 勉強どころではない。

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