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第百五十六話 明確な悪意

「行ったわよ。結構前の話だけれど」

「すず聞いてない!」

「……なんで一々あんたに言わないといけないのかしら」


 むきになって言うすずに、姫希は表情を引きつらせる。

 というのも、あの日は特別だった。

 あきらの告白の件で参っていた柊喜の話を聞いてあげただけだ。

 そして、当然その話はすずにはしていない。

 あきらが告白したという事実を他の子に、なにより柊喜に好意を寄せている女の子に伝えるべきではないと思ったから。


 姫希は自分の判断が間違っていたとは思わない。

 事実、すずも詳細を知れば納得するだろう。

 あきらが自分の気持ちを打ち明けた現在、説明するのは可能だ。


 しかしながら、姫希が取った行動は違った。


「気持ち悪いわね」

「……何が?」

「意味が分からないのよ。なんで柊喜クンと会うのに、すずに報告しなければならないのかしら?」

「すずがしゅうきの事好きだから」

「だったら何? あたしは毎回あんたに許可を取らなきゃあいつと会っちゃいけないの? 気持ち悪すぎる」

「だって! 合宿の時に色々あったし」

「だからって何。あたしまで勝手に巻き込まないでくれるかしら」


 姫希はすずの言動に苛立ちを覚えていた。

 それこそ合宿の時もだったが、一々過剰に反応するすずにいつも不快感を覚えていたのだ。


 すずはそんな姫希の言葉に目を丸くする。

 予想外だった。

 すぐに弁明が出ると思っていたのに、返ってきたのは怒り。

 すずにとってそれは、先程の未来の発言を肯定するようなものだった。


「すずはお泊りの時に連絡した」

「それはあんたが柊喜クンの事が好きって言ってるからでしょ。あきらの事もあるし」

「わかんないじゃん! 姫希だってしゅうきの事好きなんでしょ!?」

「はぁ? いい加減にしなさいよ。だからあたしは――」


 別に恋愛感情はないと、姫希はそう言おうとした。

 しかし、それは背後から現れた第三者によって妨げられた。


 登場した黒幕に姫希は釘付けになる。


「あれ、まだこんな所にいたの? 黒森さん」

「……」

「伏山さんも一緒じゃん。あれ、雰囲気悪いけどなんかあった?」


 姫希は頭の回転が速い。

 さっきからずっと疑問があった。

 それは、何故すずが自分と柊喜が会っていたことを知っているのか、という点。

 しかし、現れた女子の意地悪い笑みと、黙り込むすずを見て瞬時に理解した。

 こいつが喋ったんだと察した。


 そう言えばあの日は柊喜と日直が被っていたし、一緒に居る所を偶々見られたのかもしれない。

 改めて考えると納得できた。

 そして同時に、姫希は冷や汗をかく。

 これは面倒な事になりそうだと。


「あはは。教室に課題プリント忘れてたから取りに戻ったんだけど、お取込み中?」

「あんたに関係ないわ」

「どうせしゅー君の話でしょ?」


 食い下がらない未来。

 彼女はそのまま爆弾発言をした。


「まぁ伏山さんはしゅー君の事好きだって宣言してたらしいもんね。しゅー君の事が大好きな黒森さんと喧嘩しちゃうのも納得だよ」

「え」

「何その顔。友達に聞いたよ? 私が休んでる時にしゅー君の事が好きだって認めてたって」

「そ、それは……」


 二か月前のこと。

 未来が体育館に乗り込んできた日の翌日だ。

 朝、グループに載せられた例の動画の件で盛り上がっていたクラスメイトへ、ピシャリと言い返した柊喜に満足し、そのまま流れで言った。

 しかし、確かに好きだとは言ったが、それは恋愛感情ではない。

 それをこんな場所で言われては……。


 焦って姫希はすずに弁明しようとしたが、既に遅かった。


「やっぱり嘘つき」

「すずッ!」


 一言残して去って行くすずの背中が虚しい。

 何もできず見送る姫希に、未来は口を開いた。


「あーあ、悲しませちゃったね」

「あんたねぇ……。何言ってんのよ!」

「は? 事実を言っただけじゃん。しゅー君の事好きだって言ったんでしょ?」

「それは……。でも恋愛感情じゃないわ」

「ふぅん」

「ってか、仮にそうでもあんな事を言うもんじゃ――。はぁ」

「どうかした?」

「あんたに言っても無駄だと思っただけよ」


 話が通じる相手とは元から思っていない。


 そして、姫希は隣に並ぶ未来に違和感を覚えていた。

 未来はいつもの表情ではなかった。

 前から言動は酷かったが、あくまで何も考えていないだけという印象だったのに対し、今日は明確な悪意を感じる。


「本当に、どうしてくれるのよ」


 姫希は頭を悩ませた。

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