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第百四十三話 追い込まれた少女

※唯葉ちゃんの視点です

「あなた、自分のこと理解してる?」

「……」


 とある夜の事。

 部活から帰ると、先に家にいた母親に座らされた。

 ひしひしと伝わってくる怒気にわたしはすぐ覚悟を決める。

 あぁ、今から説教されるんだ……って気付いた。


「一か月前、塾をやめる時に言ってたわよね? 部活に集中したいから少しでも時間を注ぎたい。勉強は自分でどうにかするって」

「……はい」

「じゃあこれは何? あなたの部屋に放置されてたけど」

「……」


 そう言って机上に叩きつけられたのは、数日前に行われた数学の小テスト。

 わたしの点数は、18点。

 本番の定期試験なら赤点間違いなし、補修コースだ。


「家に帰ってもすぐに寝てるし、勉強なんてしてないじゃない。大体中間テストも成績下がってたよね?」

「そ、それは」

「部活だってあんまり成績良くなかったみたいだし。会場に行ってた彩華からは頑張ってたって聞いてるけど11対112だっけ? 塾をやめてその結果だって聞くと、単に遊んでるだけにしか思えないわ。何よその点差」

「……」


 お母さんの言いたいことはわかる。

 元々わたしは要領が悪い。

 複数の物事を同時にこなすなんてできないんだ。

 だからこそ、次にお母さんが言い出す言葉も予想がつく。


「部活、辞めたら?」

「っ」


 ほら、やっぱり。

 膝の上に置いていた拳を強く握ってしまう。


「辞めたくない。約束したもん、みんなで優勝するって」

「無茶な事言わないの。あなたねぇ、高二にもなってアニメの主人公みたいな事言わないでよ」

「できるもんっ! っていうか、キャプテンのわたしが辞めるとか意味わかんないし」

「あの子がいるじゃない。凛子ちゃんだっけ? 彼女は成績もトップなんでしょ? よっぽどあなたより向いてると思うけど」


 わたしは知っている。

 同じテストで凛子が90点だったという事を。

 あの子は同じように部活をしながらでも、器用に点を取ることができる。

 わたしとは違う。


 お母さんは駄々をこねる子供を見るような目でわたしを見ながら、大きくため息を吐いた。


「中学の時も同じ事言ってたじゃない。だから県立高校も落ちて、今の私立に入ったんでしょ? なんにも学んでないのね」

「……」

「彩華を見習いなさい。あの子は部活をしながらでも成績を維持していたし、そもそも受験に失敗もしなかったし。あなたはあの子と違って不器用なんだから、自分の限界を知りなさいよ。もうそういう歳じゃないの。いつまでもくだらないモノに縋ってないで現実見なさい。……はぁ、なんで姉妹でこんなに差がついたのよ」


 お姉ちゃんの話をされて胸がきゅっと締め付けられた。

 昔からそうだ。

 お姉ちゃんは全てにおいてわたしの上を行く。

 だから失敗した時にはいつも比較され、ため息を吐かれてきた。

 わたしはお姉ちゃんの劣化品だから。


「しかもあなた部活部活っていうけど、ロクに顧問もコーチもいないくせに」

「こ、コーチはいるよ」

「なんだっけ、千沙何とか君? そういうお遊びじゃなくて」

「千沙山くんね! っていうか、千沙山くんはちゃんとしたコーチだよ! 彼は元々凄いプレイヤーだったんだから!」


 お母さんは千沙山くんを見たことがない。

 確かに、高校一年生がコーチと聞くと、ふざけた話のように思えるけど、実際彼の働きはお遊びのそれじゃない。

 正直中学の頃のコーチよりもためになる練習をしてくれているし、何しろ年齢が近い分、寄り添ってくれる。

 居心地が良いんだ。


 というわけで、如何に千沙山くんが素晴らしい子かという事を、普段の練習から中学の頃の成績まで一通り説明した。


 全てを聞き終えたお母さんは、一言言った。


「……なんだ、ただの夢追い人じゃない」

「え?」

「だってそうでしょ? その子がいくら強かったかとかは知らないけど、結局怪我で夢は潰えた。目立った成績も残ってない。そんな子が、ただ他の子を使って自分が成し得なかった県大会優勝っていう挑戦にリベンジしようとしてるってだけでしょ? くだらないわ」

「……やめてよ」

「そんな子の道具になるために塾辞めたの? 本当にあり得ないんだけど。ねぇ唯葉、あなたいつからそんな子になっt――」

「やめてよ!」


 気付けば大声を出していた。

 お母さんは目を丸くしてわたしを見る。


「わたしの事なら好きに言ってくれていいけど、千沙山くんの事を悪く言うのはやめてください」

「別に、そんなつもりじゃ」

「迷惑をかけているのはわかってます。お姉ちゃんと違ってお金をかけさせてしまっているのもわかってます。だから、結果で証明します。次の期末テスト、絶対に成績を戻してみせるし、バスケの大会だって優勝する」

「もし期末テストでダメだったらどうするの?」

「……部活を辞めます」

「あっそ」


 絶対にやめたくない。

 だけど、自分がわがままなのもわかってる。

 わたしが絞り出して答えると、お母さんは大きなため息を吐いた。



 ◇



 凛子と薇々以外には言ってなかったけど、実はわたしは一か月前に塾をやめている。

 流石に練習後に塾に通い続けるのは大変だったからだ。

 千沙山くんが来てくれるまでは練習もテキトーだったし、体力的にも問題なかったけど、流石に今の練習量では疲れが残る。

 実際、塾に行ってもほとんど寝ちゃって意味がなかった。


「頑張ってるね」

「お姉ちゃん」


 午後九時ごろ、近所の公園でドリブル練習をしているとお姉ちゃんがやってきた。

 塾を辞めて以来、その時間で自主練習をするようにしている。


「どうしたの?」

「ううん。ちょっとお母さんに話聞いてさ。大丈夫かなと思って」

「……わたし、なんでこんなにダメなのかな」


 珍しく優しいお姉ちゃんの顔を見ていると、不意に悲しさが込み上げる。

 つい弱音が出てしまった。


「ダメじゃないよ」

「でも、頭も悪いしバスケだって下手だし」

「そう? 試合良い感じだったけど。相手が悪かったんだよ」

「そんな事言ってられないよ! 勝たなきゃ意味ないっ!」


 わたしはキャプテンなんだ。

 ぬるい事を言っちゃいけない立場なんだから。


 と、そんなわたしにお姉ちゃんは首を振る。


「でも次のテストで成績落としたら部活辞めるって約束したんでしょ?」

「……」

「勝たなきゃ意味ないけど、部活続けられなくなったらもっと意味ないよ」

「……わたし、どうすればいいの?」

「相談すればいいんじゃない?」

「誰に?」

「唯葉が今、一番迷惑をかけてると思ってる人」


 真っ先に思い浮かんだのは、お母さんでもお姉ちゃんでもなく、千沙山くんの顔だった。

 そして同時に、同じ部活のメンバーの顔が浮かぶ。


「実はみんな成績ヤバいんじゃない?」

「確かに。あきらとかすずとか、一年生は結構悲惨だったような」

「じゃあ思い切って勉強休みをもらえば?」

「それはできないよ! 次の大会に向けて練習しないといけないし、凛子とか他の子に迷惑が掛かります! 千沙山くんにも!」

「その千沙山くんの成績がヤバい可能性は?」

「あ」

「ね? いったん相談してみなよ。みんな同じような問題抱えてると思う」

「……うん」


 こういう時、お姉ちゃんは頼りになる。

 いつも意地悪なのに、的確なアドバイスをくれるんだ。

 やっぱりわたしと違って頭が良いし、落ち着いてる。


「ありがとうお姉ちゃん。わたし、みんなに相談してみる」

「よしよし、いい子だね」

「えへへ」

「いい子ついでにそこのコンビニ行こっか。ちょっと彩華ちゃんはお酒が飲みたい気分かも」

「未成年はお酒買えませんけどっ!? ってか、さり気なく奢らせる気満々ですこの姉!」

「お、唯葉頭良いじゃん。天才。よく気付いた」

「もう!」


 そもそもお金なんて持ってないのはわかっているだろうに、この人は。

 相変わらずなお姉ちゃんにわたしは笑った。


 なんかちょっと、頑張れそうな気がする。

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