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第百二十七話 あなたのおかげ

「……ヤバいな」

「なんで君が、はぁ……ちょっと引いてるの……よッ!」

「息切れながら言うな」


 前半が終了してベンチに戻ってきた選手たち。

 凄い息切れだが、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 当たり前だよな。


「21対10で勝ってるぞ」

「知ってるわよ」


 まさかのダブルスコアで俺達は優勢に立っていた。

 試合前から目標にしていたが、本当に達成するとは。

 大した奴らである。


「あきら、最初のシュート滅茶苦茶よかったぞ」

「あはは。いつもなら癖でドリブルしちゃったかもしれないけど、柊喜の言葉を咄嗟に思い出したんだ。やっぱ柊喜は凄いやっ」

「何言ってんだ、お前がやったんだろうが」


 俺は偉そうに口出ししただけで、瞬時にプレーを成功させたのもシュートを決めたのもあきらの功績である。

 つい頭を撫でそうになったが、先程の事があるのでやめた。


 俺はそのまま視線をずらす。


「姫希、ドリブル上手くなったな」

「君が時間かけて教えてくれたからよ」

「それについてきたのはお前の頑張りだよ」


 いくら俺が手をかけようが、こいつについてくる気がなければこうはなっていない。

 それに、姫希の性格もあって、俺もこいつにはキツい事を言ってきた。

 単に姫希のメンタルが強いだけだ。


「凛子先輩、レイアップ外しませんね」

「もう柊喜君のじゃないと満足できない体になったよ」

「……はい」

「ツッコんくれなきゃボケって成立しないんだけど。知ってる? 僕悲しいなぁ」

「ははっ。じゃあ反応しづらいボケはやめてください」


 ただ、言いたいことは分かる。

 普段から190cmの奴にディフェンスをされながらシュートを打つ練習をしているわけで、自分と大して身長が変わらない相手なら最早ノープレッシャーだろう。

 練習の成果である。


「すず、ナイスリバウンドだ。全部勝ってるぞ」

「すずの方がお尻おっきいもん」

「おう」


 相変わらずこいつの羞恥心はよくわからんが、重心の落とし方が上手いのは事実だ。

 これは完全に俺が教えたことではない。


「しゅうきが見ててくれるから百人力」

「そりゃよかった」


 緩い笑みを浮かべるわけでもなく、真面目な顔で言ったすずから逆に俺が目を逸らす。

 照れるだろうが。


「唯葉ちゃん、相手のエースをずっと止めてくれて助かってます。今この失点で済んでるのは唯葉ちゃんのおかげです」

「わたしもみんなが後ろでカバーしてくれるって信じてるから、自信をもって相手のエースのディフェンスに集中できてます。みんなのおかげです!」

「そうですね」


 唯葉先輩には大した指導をしてこれなかった。

 だけど、キャプテンらしくムードメイカーやディフェンダーとしてチームを支えている。

 ツインのお団子が可愛らしいのはいつも通りだが、その顔は締まっている。

 滅茶苦茶カッコいい。


「気を抜いてはいけませんよ! 前半うちが倍の点数を取れたという事は、裏を返せば相手も同様に点が取れるかもしれないという事です」

「前半と同じだけシュート決めます!」

「あたし、この前練習でやったオフェンスの指示出すわ」

「すず、僕の所にちょっとカバー欲しいかも」

「わかった。あとあきら、あきらがシュート打つ時にすずがフリーの時あるから、パスほしい」

「うんっ!」


 俺が居なくても、勝手に修正し始める選手たち。

 誇らしいし、微笑ましい。

 同時に少し、寂しいような。

 もはや俺の存在なんて必要ない気がするんだが。


 ふと相手ベンチを見ると、向こうでは口論が起きていた。

 ボコボコにされて気が立っているようだ。

 せわないな。


「いいか。怪我だけは気をつけろ。キレた相手程ラフプレーが増えるもんだ。特にすず、何度も言ってるがヤバいと思ったら引いてくれ」

「わかった」


 後半開始直前にそう言って見送る。

 何事もなければいいんだが。



 ◇



 結局なんのアップセットも起こらずに試合は終わった。

 ハーフタイムにちゃんと修正した俺達と、仲違いを始めていた相手チーム。

 その差は歴然である。

 点差は開いて36対14という結果に終わった。

 見事過ぎる完封だ。


 試合後、相手の顧問の先生に挨拶をしに行く。


「二日間ありがとうございました」

「君凄いな。まさかこの二日でここまで仕上げさせるとは」

「いえいえ、俺は何も。全部選手が凄いだけです」

「はは、謙遜するなよ。流石は元県注目選手か?」

「勘弁してください」


 俺は何もしていない。

 今回の遠征では特に自分の無力さを痛感する方が多かった。

 試合にしてもそうだし、部内の拗れた恋愛模様についてもだ。


 相手顧問が去って行く姿をぼーっと見ていると、隣にあきらがやってきた。

 彼女の視線は俺ではなく、ベンチで項垂れている例の女子に向けられている。


 じっと見つめるあきらの視線に気づいたのか、顔を上げて彼女は絶句した。

 気まずそうに目を逸らすので、俺は口を開こうとする。


「あの――」

「ありがとうございましたっ!」


 謝ってくださいと、俺は言おうとした。

 しかし、すぐに横のあきらに遮られる。

 今こいつ、なんて言った?


 耳を疑ったのは俺だけではなかったらしく、当の女子も『はぁ?』と機嫌悪そうに睨みつけてくる。


「意味わかんないんだけど。私、あんたの悪口言ってたんだよ?」

「そうですね。でも、それがあったから頑張れたんです。絶対負けないって思えたんです。今回の練習試合で私は強くなれましたが、そのきっかけをくれたのはあなたです。だから、ありがとうって」

「なにそれ、嫌味?」

「違いますよ。だって私一人で勝ったわけじゃないですから」


 ふと後ろを見ると、勝ち誇った顔の姫希と、その横にすずと凛子先輩と唯葉ちゃんもいた。

 そうだよな。

 全員の勝利だもんな。


 俺含めた部員の圧に耐えられなかったのか、女子は諦めたように下を向く。


「……酷い事言ってごめんね」

「……」

「シュート上手だった。全然止められなかった。あんたも、それ以外のみんなも上手だった」


 最後にそう言い残し、すぐに去って行く彼女。

 それを見て俺達は笑った。


「勝ちましたね」


 唯葉ちゃんの言葉で、俺達は声を上げて喜んだ。

 紛れもなく、このチーム初めての勝利である。

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