第百二十一話 選ばれる保証なんてない
※あきらの視点です。
ギスギスした状態で午前最後の試合をこなした。
戦況は先程とは異なって、全く勝負にすらならなかった。
というか、過去一で酷かった。
「最悪です」
控室で一言、声が響く。
珍しく低い声で言ったのはキャプテンの唯葉ちゃんだ。
彼女は部屋を見渡すとため息を吐く。
「なんですか今の。全く連携が取れてないし、シュートも入らないし、声掛けもない」
現在、控室に柊喜はいない。
みんな汗を拭いたりしながら、インナー姿で座り込んでいる。
そんな中で唯葉先輩は一人に視線を向けた。
「すず。なんですかさっきの試合は」
「……」
「やる気がないんなら帰ってもらって結構です」
「ちょ、ちょっと唯葉。それは……」
「何か?」
唯葉ちゃんが怒りの矛先を向けていたのはすずだ。
というのも、確かにさっきの試合でのすずの動きは最悪だった。
諦めたように走るのを途中でやめたり、リバウンド争いに参加せずに一人で自陣に帰ったり。
要するにやる気が一切感じられなかった。
現に今も唯葉ちゃんの言葉なんて耳に入っていない様子で、下を向いて黙っている。
原因は明白だ。
私と柊喜の話を聞いてショックを受けたから。
だからこそ、私は何も言えない。
口を出す資格もない。
すずの柊喜への気持ちを知った上で、私は昨日彼に甘えた。
あいつは幼馴染がどうとか言っていたし、私の事なんて眼中にもないんだと思う。
だけど私は違う。
本当に異性として好きだからハグまでしたんだ。
あの時は本当に幸せだったし、ついぎゅっと強めに抱きしめてしまった。
すずに話せることなんて何もない。
「そんなにあきらと千沙山くんの関係が嫌ですか?」
「……やだ」
「それで傷ついたから、チームに迷惑をかけてもいいって? わたしたちの努力してきたモノはもうどうでもいいんですか?」
「だって……!」
「千沙山くん、見たこともないくらい苦しそうな顔してましたよ。彼の事が本当に好きなら、あんな顔をさせるのはダメでしょう?」
すずが部活に復帰したのも、部活に顔を出すようになったのも、全部柊喜との仲を深めたかったから。
こういう反応になるのも無理はない。
諭すように言う唯葉ちゃんに、すずはゆっくり口を開く。
「……あきら、ずるいよ。すずもしゅうきの幼馴染になりたかった」
「っ!」
その通りだと思う。
私は幼馴染っていう関係を利用して、本来踏み込めない柊喜の領域にまで易々と侵入している。
すずにはできないことだ。
同じ状況だったとして、柊喜がすずとハグしたかはわからない。
だけど、それだけじゃない。
幼馴染って、良い事だけじゃない。
「……女の子として意識してもらえないこの関係が、本当に羨ましい?」
「どういう意味?」
「私は確かに柊喜と手を繋いだりハグしたり、同じ部屋とかベッドで寝る事だってできる。でもそれは……可能性がないってことの裏返しなんだよっ!」
「ちょっとあきら……」
凛子ちゃんが首を振って見せたのを見て、少し冷静になった。
あれ、今私なんて言ったっけ。
「あきら、さっきから聞きたかった事があるの。あんた、柊喜クンのことが……好きなの?」
恐る恐る聞いてきた姫希。
それに伴って全員の視線が一気に私に集まる。
私は深呼吸して、姫希に真っ直ぐ言った。
「大好き。もう、自分でも意味が分かんないくらい好き」
「ッ!? ……一応聞いておくけれど、それは幼馴染として家族としてって意味じゃ――」
「違う。普通に男の子として、意識してる」
堂々と言い放った私にすずが絶句したように目を見開く。
「話が違う」
「でも柊喜は私の事をなんとも思ってない」
「なんでよ! なんとも思ってない子とハグなんてするわけないもん!」
「すず」
「酷いよ。だってしゅうき、すずのお願いはずっと断ってたのに……。そんなの……」
「すず!」
再び蹲るすずに声をかけたのは唯葉ちゃんだった。
「前提がおかしいですよ。まず、何で自分が選ばれる気満々なんですか」
「……え?」
涙目のすずを見ていると心がきゅっとなる。
「自分が選ばれる保証なんて最初からないはずです。それが分かっていながら恋愛をして、いざ自分が選ばれなかったらチームの雰囲気を壊すような言動ですか? おかしいです。わたしたちの絆ってその程度ですか? しかも今回はそういうのじゃないって考えたらわかりますよね?」
「……」
「すずちゃんは可愛くて良い子です。でもこんなの勿体ないです」
「……」
そっと寄り添い、すずの頭を撫でる唯葉ちゃん。
私はそんな二人から目を逸らした。




