第百十一話 幼馴染の慰め方
結局あきらのシュートは、一本も入らないまま終わった。
最初の試合より内容は良くなったが、このままではマズい。
何がマズいって、あきらのメンタルだ。
全てノートに記録してくれていた朝野先輩によると、あきらの今日のシュート本数は16本で、そのうち成功したのが0回。
最初の試合の時もそうだったが、やはり不調というのはチームだけでなく、本人の心をむしばむ。
簡単に折れるほど弱い奴だとは思っていないが、だからと言って平気なわけがない。
今日の全日程を終えた後、部員達の着替えを待ちながら俺は考える。
どうしたものか。
「どうしたものですかね」
「あきらの事? 確かに心配だね」
「はい。慰め方が分からないと言いますか……」
「そっか」
朝野先輩は悩む俺に提案する。
「千沙山君が落ち込んでいる時に、あきらが何をしてくれたか思い出したらいいんじゃないかな」
「なるほど」
「あ、私片付けやって来るね」
「え、あ……」
言うや否や、俺を置いて歩き出す先輩。
後ろを見ると、一番に着替えを終えて控室から出てきたあきらが立っていた。
朝野先輩は気を遣ってくれたのかもしれない。
「……ごめんね柊喜。全然ダメダメだ」
「誰にだって不調はある。気にすんな」
「……うん」
ダメだ。
気にするななんて何の慰めにもならない。
現に昼の反省会の言葉では、あきらは調子を取り戻せなかった。
こういう言葉かけは無駄なのだ。
そこで自分に当てはめて考えてみる。
俺が落ち込んでいた時、こいつは何をしてくれたっけ。
『ハグにはストレス解消効果があります』
思い出したのは、いつかの部活でのことだった。
未来と日直が被って、その時にまた無神経な事を言われたんだ。
そして落ち込んだまま部活に行った俺に、あきらは両手を広げて笑ってくれたのを思い出す。
その他にも手を繋いだりとか、体温をよく分けてくれたように思う。
実際それで結構落ち着いたし、安心した。
だがしかし。
「どうしたの? なんかすっごく見つめてくるけど」
「いや……」
きょとんとしたあきらの顔に思い直す。
いやいや、違うだろ。
何を考えているんだ俺は。
この場でハグなんてできるわけがないし、そもそも恥ずかしすぎる。
「……他の奴らは?」
「まだ着替えてる。部活の時もいつも着替え遅いでしょ?」
「そうだったな」
ということは少し時間があるのか。
「なぁあきら、ちょっと歩かないか?」
「え?」
「校内探検しよう」
気分転換にでもなればいいと思って提案した。
するとあきらは笑いながら頷いた。
◇
「古い校舎いっぱいだねー」
「使ってはなさそうだな」
廃校舎を眺めながら俺達は言う。
午後六時近いため、辺りもだいぶ暗い。
なんか出てきそうな雰囲気だ。
「お化け屋敷を思い出すな」
「さっきの話の?」
「そうそう」
あの時は手を繋いで回ったんだよな。
お互いにビビっているのを悟られないよう、手を繋いで誤魔化していた。
俺もあきらも怖がっていたのだ。
「えっと……て、手繋ぐ?」
「いいよ」
「ホントに!?」
「あぁ」
いつもの冗談だったのだろうが、俺の返答にあきらは目を見開いた。
今日だけは別にいいだろう。
ちょっとは落ち着けるかもしれない。
やや湿った柔らかい手が俺の左手に収まる。
「……っ」
「どうかしたか?」
「な、なんでもない」
急に顔を背けられたが、なんなんだろう。
自分から言い出したくせに。
「なんか柊喜の手握ってたらシュート入りそう」
「なんだそれ」
「だってよく言うじゃん、爪の垢を煎じて飲むみたいな。そんな感じで、上手な人と触れ合ってると私も上手くなれそう」
「はは、そりゃよかった」
よくわからないが、本人が楽しそうだからいいか。
「ね、私汗臭くない?」
「良い匂いしかしないけど」
「そ、そっか……あはは」
制汗剤のみならず、着替えまで済ませているため完全に良い匂いしかしない。
汗の匂いっていうのは、大体汗が付着した衣服が渇いた時に感じるからな。
着替えてしまえばある程度はカバーできる。
なんて会話をしながら、中庭らしき場所までやってきた。
佐原と涼太と昼間に話した場所だ。
そんな場所で、俺は口を開く。
「あの、さ」
「なに?」
「俺ずっとお前といるのに、どうやったらお前が元気になってくれるのかよくわからなくてさ。色々考えたけど、やっぱり難しくて」
「私は元気だよ?」
口角を上げて笑うあきら。
だけど、いつも向日葵みたいな明るさは感じない。
「眉が下がってんだよずっと。流石に気づく」
「……そっか」
「姫希から聞いたんだ。トイレでの話。辛かったよな」
「……うん」
「……」
ヤバい、言葉が出てこない。
凹んでいるあきらを見るのは当然初めてではないが、どうしたらいいのかわからない。
くそ、コーチ以前に幼馴染として失格だ。
何年一緒に居るんだよ。
何が俺達の絆は並じゃない、だ。
「柊喜」
「ん?」
「ちょっとぎゅってしていい?」
「……うん」
普段なら絶対に断る。
だけど、この雰囲気で断るのなんて無理だ。
幸運にもここは人がいないし、誰も見ていない。
「……こいよ」
「あはは、なにそれ」
腕を広げてぶっきらぼうに言うと、ぎゅっとあきらが抱き着いてきた。
思いの外強めだ。
温かい身体押し付けられて、変な気分になる。
そっと抱きしめ返すと、彼女は声を漏らした。
「……ありがと」
「……いいんだよ」
俺達は幼馴染なんだ。
やましいことはしていない。
家族とハグをするのは当たり前だ、だからこれも普通。
だから俺、意識するな。
「な、長いな」
「ごめん、もうちょっと」
一分以上抱きしめられながら、俺はどうしていいのかわからずにあきらのつむじを見る。
運動後と言うのに髪がツヤツヤだ。
なんか良い匂いするし。
「ん。もう大丈夫っ」
ようやく離れたあきらは、満面の笑みを俺に向けてきた。
先程とは躍動感が違う。
輝いて見えた。
「柊喜パワーチャージできた! これで私も県トッププレイヤーだよっ。ダンクしちゃうかも」
「ふざけた事言ってんじゃねぇ」
「うへ」
頭をがしっと掴むと変な声で鳴かれた。
だがしかし、完全に元気になっている。
思えばここ最近ずっとおかしかったが、ようやくまともに戻った気がした。
「柊喜、私ね」
「おう」
「……やっぱなんでもない。教えないっ」
「はぁ?」
珍しく神妙な面持ちになったかと思えば、今度は苦笑して誤魔化された。
笑ったり真顔になったり、忙しい奴だ。
わけがわからない。
二人で体育館に戻っていると、あきらは言った。
「好きだよ」
「はいはい」
何度聞いたかわからない言葉を適当にあしらう。
なんだかんだ、こいつは笑っている時が最高に輝いているのだ。
それに幼馴染という贔屓目を無しにしても、可愛い。
何故うちの連中は容姿だけは無駄に可愛いのか。
「みんな待たせてたら申し訳ないな。姫希辺りにまた文句言われそうだ」
「今あったことは内緒だね」
「あぁ」
流石に家族同然の幼馴染とは言え、ハグしてたなんて知られるのは照れる。
この事は二人だけの秘密だ。




